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『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』アカデミー賞視覚効果賞を受賞したVFXスタッフの苦労と悲劇とは

(C)2013 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』アカデミー賞視覚効果賞を受賞したVFXスタッフの苦労と悲劇とは


映画完成後の悲劇



 こうしてかつてない苦労の末に、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は完成した。当然VFXに対する評価は高く、第85回アカデミー賞の視覚効果賞にも決まった。だがその授賞式が行われた2013年2月24日の11日前に、R&Hは連邦倒産法第11章により倒産。従業員254人を給与滞納のまま解雇していた。


 ウェステンホファーは授賞式のスピーチにおいて、大変な苦境に立たされたジョン・ヒューズ社長について語る予定だったが、突然あからさまにマイク音声がカットされ、『ジョーズ』のテーマ曲が流れて彼の声がかき消されてしまった。


 リー監督のスピーチでは、このような妨害行為は行われなかった。しかし台湾やインドの撮影クルーに対する謝辞のみで、VFXスタッフへの感謝は一言もなく、さらに「もっと安くなって欲しい」という発言がVFX業界全体を激怒させた。



アメリカVFX業界の問題



 そこで米国のVFX業界人が抗議のために立ち上がり、“パイ(3.14)の日”ということで同年3月14日にタウンホールミーティング開かれ、業界従事者における問題の話し合いが行われた。


 R&H倒産は、ハリウッドの映画業界全体の構造に原因がある。通常、メジャーの映画スタジオがVFXのプロダクションを選定する場合、入札でもっとも良い条件を出した会社が選ばれる。もちろん技術的に得意・不得意な分野はあるため、金額だけが絶対的条件ではないが、どうしても安売り合戦に成りがちである。


 さらに最近は、世界各国の都市や国が税制優遇措置によって、地元の映像産業の活性化を図っている。例えばカナダのバンクーバーやモントリオール、ロンドン、ニュージーランド、シンガポール、インドなどがその代表だ。カナダや英国なら、30%の税金がスタジオに戻ってくる。


 そこでVFXプロダクションは、これらの都市にサテライト・スタジオを作って補助金を受けている。しかし新たなスタジオを設けるには、最低でも100万ドル以上は掛かる上、スタッフを移住させたり、現地で新人を雇って教育する必要がある。当然その費用は、全てVFXプロダクションの持ち出しになる。



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 だがここまでやっても、予算はVFXプロダクションにまったく落ちてこない。なぜならメジャースタジオ側は、予め補助金で得られる金額を抜いた額で予算を組んでいるからだ。VFXプロダクションは、サテライト・スタジオを完成させ、主要チームを移動させてからでないと、入札にすら参加できない。R&Hもバンクーバー、インドのハイデラバードとムンバイ、マレーシアのサイバージャヤなどに支社を作っていたが、メインのスタジオはロサンゼルスであったため、利益が出るか出ないかギリギリの状態で作業を行っていた。


 契約では、500カットを1,000万ドルで作るというものだったが、監督の意見が途中で頻繁に変わる。実写畑のスタッフは、「VFX作業は何でも簡単にやり直せるものだ」と考えがちだ。だから膨大なシミュレーション計算が必要になる場面でも、ろくに打合せもせず、仕上がった映像を見てから初めて具体的なダメ出しを行う。当然VFXスタッフは、中間のチェック用映像を何度も見せているにも関わらずだ。そしてこの空しい繰り返しが続き、時間ばかりが過ぎて人件費も膨らんで行く。


 結局、完成は予定より20ヶ月も遅れ、2,400万~3,200万ドルほどの赤字を出し、これはR&Hの自腹となってしまった。



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 ジョン・ヒューズ社長は、融資を得るためにギリギリまでインドの企業と交渉(4)を行なっていたが、決裂に終わり倒産が決定してしまった。結局R&Hは、オークションでプラナ・スタジオ(4)が1,780万ドルで落札し、同社の関連会社に買収された。現在はコマーシャルやテレビシリーズを中心に活動している。


 こうしてR&Hは悲劇的結果を向かえたが、ロンドンに本社を持つMPCは税制優遇で急成長を遂げた。現在はバンクーバー、モントリオール、バンガロール(インド)、アムステルダム、パリ、上海、ロサンゼルス、ニューヨーク、メキシコシティにも支社を持つ、世界を代表する巨大VFXプロダクションになっている。


 そして『ジャングル・ブック』(16)、『ターザン: REBORN』(16)、『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』(17)、『アルファ 帰還りし者たち』(18)、『ダンボ』(19)、『名探偵ピカチュウ』(19)、『ゴジラ/キング・オブ・モンスターズ』(19)、『ライオン・キング』(19)など、動物やクリーチャー系CGの表現で右に出る者がない実力を持つまでになっている。かつてのR&Hの業界ポジションは、完全に同社が引き継いだと言えよう。


【参考文献】

(1) 「Cinefex No.28 日本版」ボーンデジタル (2013)

(2) 大口孝之 著: 「コンピュータ・グラフィックスの歴史‐3DCGというイマジネーション」フィルムアート社 (2009)

(3) YouTube「 LIFE AFTER PI

(4) Prana Studios Affiliate Seals R&H Deal



文: 大口孝之 (おおぐち たかゆき)

1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。最近作はNHKスペシャル『スペース・スペクタクル』(19)のストーリーボード。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。デジタルハリウッド大学客員教授の他、東京藝大大学院アニメーション専攻、早稲田大理工学部、日本電子専門学校などで非常勤講師。




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『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』

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¥1,905+税

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