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『ゾディアック』フィンチャー史上最も「静」の作品ににじむ、表現者の信念
フィンチャー自ら、事件を一から調べ直した
紛れもないフィンチャー作品でありながら、「何か」がこれまでとは違う。ここで重要視したいのは、『ゾディアック』が事実を脚色したものではなく、「事実」自体を映画化しようとする作品であること。もちろん劇映画として機能させるための改変はあるのだが、関係者や被害者に敬意を払い、できる限り事実に忠実に、慎重に作り上げたことが伝わってくる。
かつてなく長い製作期間は、その布石といえるだろう。フィンチャーをはじめとする製作陣は膨大な資料をかき集め、事件を一から調べ直したそうだ。保管されていた証拠や書類を再度検証し、生き残った犠牲者や関係者にインタビューを敢行。撮影中には、事件の新たな証拠を見つけて警察に提出したというから驚きだ。
奇しくもフィンチャーが製作総指揮・エピソード監督を務めたNetflixオリジナルシリーズ『マインドハンター』(17〜)が示している通り、当時は犯罪者プロファイリングがまだ発展期。映画では、ゾディアックの異常性や恐ろしさはもとより、60年代後半から70年代当時の未発達だった捜査にもスポットを当てている。
『マインドハンター』予告
逆探知には15分の連続した通話が必要、事件の管轄である警察署にはFAXがなく捜査は滞り、DNA鑑定も完ぺきとはいえない。伝達ミスで容疑者を取り逃がすなどのヒューマンエラーも起こり、犯人を追えば追うほど、刑事や記者たちの心は疲弊してゆく。
映画を観れば、ゾディアックが忌まわしき「伝説」となったのには、時代も味方したからだ――という見方もできるはずだ。その示唆を与えてくれるのは、映画が娯楽性よりも事実の伝達を優先したからこそだろう。
『ゾディアック』(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
ちなみに、当時の米国の歴史をごく簡単に振り返ると、1963年にはケネディ大統領が、 65年にはマルコム・Xが、68年にはキング牧師が暗殺されている。クエンティン・タランティーノ監督作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)でも描かれる女優シャロン・テートの殺人事件は、ゾディアックの最初の犯行の翌年、69年に発生。同年にはアポロ11号が人類初の月面着陸を果たすが、60年代は血塗られた10年間といえる。