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『ゾディアック』フィンチャー史上最も「静」の作品ににじむ、表現者の信念

(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

『ゾディアック』フィンチャー史上最も「静」の作品ににじむ、表現者の信念

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ソダーバーグの助言を経てたどり着いた「新しさ」



 作品の中身に戻ろう。フィンチャー監督の代名詞であるスタイリッシュなオープニング・クレジットも、『ゾディアック』では鳴りを潜めている。後に『ミッション:インポッシブル』(96)や『スパイダーマン』シリーズ(02~08)に携わるタイトルデザイナーの第一人者カイル・クーパーの名を知らしめた『セブン』の文字が震えるような演出も、ダスト・ブラザーズの攻撃的なサウンドが冴えわたる『ファイト・クラブ』のニューロンをピックアップした映像の片鱗も、『ゾディアック』には感じられない。注視しなければ気づかないほどさりげなく、本作のタイトルは浮かんで消える。


 映画の方向性においては、『エリン・ブロコビッチ』(00)や『トラフィック』(00)といった社会派作品から『オーシャンズ11』シリーズ(01~18)のような娯楽作まで携わるスティーヴン・ソダーバーグ監督にも助言を求めていたという。フィンチャー監督が、これまでのテイストとは違う「新しさ」を求めていたのは確かだ。



『ゾディアック』(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.


 実はフィンチャー監督は、1947年に発生した猟奇殺人事件「ブラック・ダリア事件」の映像化に参加するはずだった。しかし諸事情により企画はとん挫し、ブライアン・デ・パルマ監督によって『ブラック・ダリア』(06)として映画化された。


 クオリティを重視するあまり製作費が高額になりがちなフィンチャー監督。『ブラック・ダリア』以外にも、最近では『海底2万マイル』の実写化が企画段階で消滅している。彼ほどの人気監督となれば企画倒れは日常茶飯事なのだが、『ゾディアック』においては、『ブラック・ダリア』での無念を晴らさんとする意識が働いたのかもしれない。


『ブラック・ダリア』予告


 映画的な文脈でいうと、『羊たちの沈黙』(91)、『セブン』(97)、『ボーン・コレクター』(99)など、90年代は殺人鬼を描いたサイコスリラーが非常に成功を収めた。その後『アメリカン・サイコ』(00)、リメイク版『インソムニア』(02)と移っていき、描かれる内容もより複雑化。以前は殺人鬼との「対決」の要素が強かったが、徐々に彼らの内面を掘り下げる方向にシフトしていく。本作の8ヶ月後には『ノーカントリー』(07)が封切られ、今では、『ハウス・ジャック・ビルト』(18)など、殺人鬼を主人公に据えた作品も多い。


 その中で『ゾディアック』は、90年代の「対決」の風味を残しつつも、00年代の「内面」に迫った要素も含んだ、過渡期ならではの殺人鬼映画といえる。



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