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『ゾディアック』フィンチャー史上最も「静」の作品ににじむ、表現者の信念

(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

『ゾディアック』フィンチャー史上最も「静」の作品ににじむ、表現者の信念

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「カタルシスの拒否」から生まれる現実味



 興行的にも評価的にも本作は間違いなく「成功」した映画ではあるのだが、観終えた後の感情は何とも言えない複雑なものであるだろう。結局、ゾディアック事件は何だったのか?という絶望感にも似た疑問が渦巻き、観客をすっきりと日常に戻してくれない。


 しかしこの不快感こそが、本作の凄みでもあるように思う。事件は未解決であり、2014年には「自分を捨てた父親がゾディアックだった」という内容のノンフィクション『殺人鬼ゾディアック――犯罪史上最悪の猟奇事件、その隠された真実』が世に出て話題を集めた(日本発売は15年)。今現在も、新たな証拠や主張がメディアをにぎわせ続けている。


 ゾディアック事件は、まだ終わっていない。映画『ゾディアック』は、その純然たる事実をまざまざと見せつけてくる。カタルシスがないのではなく、「カタルシスがあってはいけない」のだ。鑑賞後の観客の心理まで計算した設計は、ショッキングな傑作を作り続けてきたフィンチャー監督なればこそ。



『ゾディアック』(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.


 そしてもう1つ、本作が強烈に訴えかけてくるもの。それは、事件の二次的被害だ。人が人を殺す。事件を起こす。そのことにより、周囲の人間が人生を破壊される。被害者の家族も、加害者の家族も、そしてメディアや警察といった立場の人間も。罪が罪であるのは、人の命を奪うこともそうだが、多くの人生を捻じ曲げてしまうからなのだ。


 同じく実在する事件をモチーフにした白石和彌監督の『凶悪』(13)では、山田孝之演じる雑誌記者が精神を病み、家族にまで余波が広がっていく姿を残酷に描いていたが、そのような「二次的被害者」の無念も全て蔑ろにしてエンタメとしてしまうことへの激しい嫌悪感が、『ゾディアック』からは痛切なまでに伝わってくる。


 決して「面白い」とか「話題性があるから」といった思いで、作ってはいけない。3時間弱にわたる上映時間は、観客の「見やすさ」や「心地よさ」を優先することで、伝えるべき被害者たちの「声」を取りこぼしてしまう危険性を回避するためといえるだろう。


 フィンチャー監督の作品史上、最も「静」な本作の根底には、彼の揺るぎない信念が宿っている。



文: SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」



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『ゾディアック ディレクターズカット』

ブルーレイ2,381 円+税 DVD特別版 1,429 円+税

ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

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