生前のフォンダが語ったこと――追悼にかえて
それまで偉大なる父ヘンリー・フォンダや、姉ジェーン・フォンダの影に隠れがちだったピーター・フォンダにとって、『イージー・ライダー』は人生を変える1本となった。そんなフォンダに過去3回、遭遇するチャンスがあった。最初は『木洩れ日の中で』(97)をひっさげて、東京で行われたサンダンス映画祭(サンダンス・フィルム・フェスティバル・イン・トウキョウ)で来日した時で、この時は記者会見場で気さくにサインに応じてくれた。他の2回は、いずれも電話取材だが、とても穏やかな人柄で、過去の作品について率直に語ってくれた。『イージー・ライダー』に関しては、こんな風にコメントしていた。
「60年代後半はべトナム戦争への反動で、いろいろと新しい動きがあった。パリやロンドン、東京などでも学生運動が起きて、何かが起きようとした時代だ。こうした発火点になったのは、まずは文学界のビートニク運動。ジャック・ケルアックが若者のアンチ・ヒーローの代弁者となった。それにファッション、アート、音楽。いろいろな分野で何かが変わり、それまではっきり自分の声を持たなかった若者たちや社会の外側にいる人の声を反映していた。でも、彼らを代弁する映画だけは作られていなかった。だから、『イージー・ライダー』の登場にみんなは熱狂した。当時の反抗的な主張を見事に集約した映画だったんだよ」
一方、この映画の成功については、ちょっと辛口のコメントもあった。「『イージー・ライダー』で僕は社会の怪物を作り出したことに気づいた。ヘンリー・フォンダの息子という影から逃れたくて、反応的な若者を演じたが、今度はそのイメージが僕を縛り始めた。だから、あえて前作とは違う静かなイメージの『さすらいのカウボーイ』(71)を作ったが、当時はあまり理解されなかった。この映画の後、『ダーティ・メリー・クレイジー・ラリー』(74)を作ったら、マスコミは喜んだよ、『バッド・ボーイ』が、また、戻ってきた!、ってね」
『さすらいのカウボーイ』予告
監督デビュー作の『さすらいのカウボーイ』は彼の繊細な文学性が生かされた珠玉の西部劇で、確かに公開当時は一部の評価に留まったが、21世紀に入ってから日本でもリバイバルされ、その映像感覚が新たに評価された。
演技者としてはB級の娯楽映画にこだわり、70年代は『ダーティ・メリー・クレイジー・ラリー』(74)、『悪魔の追跡』(75)ジョナサン・デミ監督の『怒りの山河』(76、ロジャー・コーマン製作)といった個性的な作品に数多く出演。日本とも縁が深く、70年代はレナウンのシンプル・ライフのCFや村上龍の監督作『だいじょうぶマイ・フレンド』(83)にも出ている。長身でスラリとした体形で、そのたたずまいが美しく、ワイルドな役を演じても、どこか品が良かった。
いわゆる演技派ではなく、若い頃は“ダイコン”とも呼ばれていたが、主演した『木漏れ日の中で』では97年のゴールデン・グローブ賞の主演男優賞(ドラマ部門)を獲得。アカデミー賞の候補にも上がった。蜂を育てることだけに生きがいを見出す偏屈な老人役で、味わい深い演技を披露していた(父ヘンリー・フォンダを思わせる演技でもあった)。
その後は音楽プロデューサーを演じた『イギリスから来た男』(99、テレンス・スタンプ共演)や老いた賞金稼ぎ役の西部劇『3時10分、決断の時』(07、ラッセル・クロウ共演)でも印象的な演技を披露した。
取材の時、俳優人生に関しては、「19歳の時に始めた俳優という仕事を通じて、多くの才能ある人々に出会えたことは幸運だったと思う」(03年のコメント)と語っていた。
一方、ハリウッドの問題児として知られたデニス・ホッパーは、80年代以降、『ブルー・ベルベット』(86)などで狂気をにじませた怪演を見せて俳優として再評価され、監督としては遅れて公開された2作目の監督作『ラストムービー』(71)が伝説の作品として知られている。
『イージー・ライダー』(c)1969 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.s
ジャック・ニコルソンは『イージー・ライダー』ではアカデミー賞の助演男優賞の候補となり、主演作『ファイブ・イージー・ピーセス』(70)では演技者としてさらに評価を高め、その後、アカデミー賞を3回受賞して、アメリカを代表する演技派男優のひとりとなった。ホッパーも、ニコルソンも、記者会見で遭遇したことがあるが、ふたりとも独特の個性や知性を持った紳士に見えた(こちらを振り返った時、ホッパーが一瞬だけ見せた狂気の目は強烈だった……)。
ホッパーは2010年に亡くなり、ニコルソンはほぼ引退状態。そこにフォンダの訃報まで届き、とても残念な気持ちになる。『イージー・ライダー』の時代から半世紀が過ぎたわけだが、クリエイターとしても才能に恵まれた若き3人が自由にハイウェイを旅する姿は、この異色の傑作が作られることで永遠にスクリーンに刻み込まれた。
文: 大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、
訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「 ミニシアター再訪」も刊行予定。
『イージー★ライダー』
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ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
(c)1969 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.s
(c)Photofest / Getty Images