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『アモーレス・ペロス』イニャリトゥが亡き息子へ捧げた、喪失と再生の物語

(c)Photofest / Getty Images

『アモーレス・ペロス』イニャリトゥが亡き息子へ捧げた、喪失と再生の物語

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ガエルのために用意されたサプライズ演出とは?



 父と子のエピソードでいうと、『アモーレス・ペロス』で一躍国際的に知られる存在となったガエル・ガルシア・ベルナルについても触れておきたい。


 本作では無軌道なまでに自分の道を突っ走る青年役を演じたガエル。そんな彼が幾多の困難にぶつかり、挫折と経験を重ねたのちに、人知れず涙を浮かべる場面がある。バスターミナルで周囲の喧騒に包まれる中で、ふとこみ上げる涙。まさにガエルの演技力の高さを印象付ける名場面なのだが、実はここにイニャリトゥらしい“ある仕掛け”が隠されていた。


 このシーンを詳しく検証すると、青年は停車中のバスを前に「進む」のか「留まる」のか深く迷う。そこで見かねたバス運転手は「お客さん、乗らないんですか?」と声をかけ、彼の方へちらりと視線を投げたガエルは、すかさず横を向いて泣き始める。


 種を明かすと、実はこのバス運転手、俳優でもあるガエルの父親だった。彼ら父子は様々な事情もあって長らく顔を合わせていなかったそうで、これらのキャスティングは全て内緒で行われたという。つまりサプライズ演出。そんなこともあって思いがけない再会にガエルは戸惑いと驚きと感動のあまり涙せずにいられなかったのだ。



『アモーレス・ペロス』(c)Photofest / Getty Images


 この映画には「会いたい人に会えない人間」が多く登場する。そんな中で、思わず見過ごしてしまいそうなほどのささやかなシーンに、人知れず“父と子の再会”が描かれていたのは大きな救いだ。この部分にイニャリトゥの大いなる祈りが込められているような気がするのは、私だけだろうか。


 『アモーレス・ペロス』を凶暴な映画だという人がいる。犬同士が殺しあう(動物愛護の観点の元、きちんと配慮しながら撮られているそうだ)残忍な映画だという人もいる。悲しみと苦しみの圧が強すぎて受け付けないという人もいる。が、そこには今や国境を越え、世界の映画界を牽引する圧倒的な存在、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの創造性の源泉ともいうべき想いが純粋なまでに発露している。それに気づくか気づかないかでは、この映画の受け取り方も大きく変わってくるはず。


 名匠イニャリトゥの過去と現在、そして未来を見つめる上でも、彼が最初に放った傑作『アモーレス・ペロス』は決して欠かすことのできない作品なのである。



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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(c)Photofest / Getty Images

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