「王様は裸だ!」
Q:前作の『永い言い訳』(15)では初めて監督助手(*)が付いたそうですが、今回も付かれたのでしょうか。
(*)編注:スケジュールを管理したり現場を仕切る助監督と違い、カット割りやアングル、セリフや編集など、演出全般について監督と一緒に検討するアシスタント。詳しく知りたい方は、西川監督著作の「映画にまつわるXについて2」(実業之日本社)を読まれることをお勧めします。
西川:はい、付いてますよ。
Q:それは、広瀬奈々子さんではなく?
西川:広瀬ではなく別の人ですね。広瀬はもう監督ですから。
Q:そうでした。もう監督ですよね。広瀬監督の『夜明け』(19)はすごくよかったですね。個人的な話なのですが、イ・チャンドン監督の『バーニング』(18)を観て衝撃を受けた直後に『夜明け』を観て、同じくらい衝撃を受けた記憶があります。
西川:なるほど、そうですか。広瀬もすごく喜ぶと思います。
Q:当時、広瀬監督にインタビューさせていただいた際、『夜明け』の脚本で悩まれたときに、西川監督にいろいろと相談したと聞きました。その時も含めてですが、広瀬監督などの若手とは、いつもどういう話をされているんでしょうか。
西川:私はかなり辛辣なことを言いますから、『夜明け』の頃は、広瀬は頭を抱えてましたけどね。「今、この期に及んでそれを言うんだ。」みたいな(苦笑)。「ああ、ごめんなさい、言わなきゃよかった。」っていうようなこともありますね。
うちの事務所“分福”には、監督を目指している人たちがいて、制作で行き詰まったり、誰かの意見をもらったほうがいいときは、お互いに見せて感想を言い合うんです。そこにはもちろん、是枝監督もいらっしゃいます。広瀬も今回の編集を見て意見を言ってくれました。
Q:広瀬監督は、監督助手をされていた経験や、助監督との違いなども話してくれました。とても興味深かったです。
西川:助監督がいないと映画はできないし、彼らは演出の相談相手だと思っています。ただ、映画制作において助監督が合流してくるのは、クランクインの1〜2カ月半前くらいからなんです。そこからものすごいスピードで脚本を頭に入れて、現場を仕切って、クランクアップとともに去って行く。本当は企画から仕上げまで長期間雇えればいいのですが、今はスタジオシステムじゃないから難しいんですよね。
昔の助監督は、企画立案から脚本作り〜取材と、根っこのところから監督の相談相手になりながら、最後の仕上げまで全部付き合って、監督になる準備をしていたんだと思います。ですが、今のシステムだとそれが難しい。監督の側からしても、早い段階から一緒にものを見てくれる伴走者がいるほうがいいんです。自分の複眼みたいな存在として、「本当にそれでいいのか」って、客観視する意見が出てきますから。
そうした点からも監督助手についてもらっているのですが、彼らは耳の痛いことを言うんですよ。「分かってるけど、今それを言ったらもう…。」ってことを現場で平気で言う。「黙ってろよ!」と思うことが8割ですね。もう、埋めてやろうかと思いますよ、ほんとに(笑)。だけど、そこには、誰もがうすうす思っているけど言わなかった「王様は裸だ」的な神髄があるんです。
Q:「王様は裸だ」ってなかなか言えないですよね。一番難しい。
西川:そう、難しいですね。
Q:様々な制約のもとで撮影している現場の雰囲気の中、「いや、でもこう思うんですけど」と、しっかりものを言えるのは、まぁすごいことだ思います。状況に流されず冷静に考え、且つそれを伝えるためのハードな訓練ですよね。
西川:私なんか、そんな役どころは絶対やりたくないですね(苦笑)。それを憎まれ役にならないようにどうやるか、周りのスタッフに自分たちの存在理由を理解してもらう必要がある。そういう中でパーソナリティを発揮していかないと、将来監督になっても多分やっていけないんです。
「あいつ、また何かあんなこと言って」と、現場ではスタッフに思われちゃうけど、その瞬間が終わったら、スタッフにも仲間だと思ってもらえる。そういう意味では、監督助手という仕事は一つの修業の場としてはいいのかもしれませんね。なかなかにタフですけどね。