ジョディ・フォスターとベネディクト・カンバーバッチが共演した『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、濃厚な社会派映画としての側面を持ちながら、名優たちのコラボレーションを存分に楽しむことができる娯楽的要素も兼ね備えている。原作はグアンタナモ収容所に拘禁されたモハメドゥ・ウルド・スラヒの手記だ。
モハメドゥ(タハール・ラヒム)は9・11同時多発テロの首謀者としてアメリカ政府に拘束され、キューバにある米軍のグアンタナモ収容所に長年にわたり拘禁されてしまう。彼は、度重なる取り調べに対しても無実を主張。弁護士のナンシー(ジョディ・フォスター)はそんなモハメドゥの弁護を引き受け、合衆国政府を訴える。しかし、アメリカ政府は彼の死刑を望み、スチュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)に起訴を命じていた…。
収容所で起きた衝撃的な事実を、調査報道を見るかのような迫真性で追いながら、立場の異なる3人が、自らの信念をぶつけ合うことで生まれる緊迫したドラマを展開させる。実録社会派の要素と娯楽性が映画の両輪となり、バランスを絶妙に保ちながら、ラストまで映画を駆動させていく。
白眉は、映画のために再現されたキューバのグアンタナモ収容所だ。原作者のモハメドゥへの綿密な取材をもとに描かれた悪名高い収容所の内側は、人間の醜いエゴや偏見の暗喩として物語の中心に屹立しながら、同時に魂を救う場としても描かれる。
こうした世界観をいかにして実現したのか、監督のケヴィン・マクドナルドに語ってもらった。
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映画化を決心させた原作者の人間味
Q:実際の事件に材をとった本作は大変衝撃的な内容です。まずはマクドナルド監督が参加することになった経緯をお聞かせください 。
マクドナルド:始まりは2017年でした。ベネディクト・カンバーバッチの制作会社が原作の映画化権を取得していたのですが、私のもとにその原作が送られてきて、読んで欲しいと言われました。
本の内容には魅了されました。でもどうすれば映画にできるのか、その時点ではわからず、私はあまり乗り気になれませんでした。次に本を書いたモハメドゥと、オンラインで話すことになりました。すると彼が本当に魅力的な人だったので、「これは映画にしたい!」と思うようになったんです。
『モーリタニアン 黒塗りの記録』© 2020 EROS INTERNATIONAL, PLC. ALL RIGHTS RESERVED.
Q:モハメドゥ氏の、どういった所に惹かれたのでしょうか ?
マクドナルド:モハメドゥと話す前には、彼は大きな怒りを今も抱えているに違いないと思っていました。不当に長年拘束されたことに対する思いが、苦々しい形で心に残っているのではないか、あるいはイスラム原理主義のような極端な思想を持っているのではないか、そんなイメージを持っていたのです。でもそれは間違いでした。話しはじめて5分もたつと彼は私を笑わせてくれたんです。モハメドゥの大好きな映画はコーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』(98)なのですが、映画で使われている曲を歌ったりしてくれました。そんな彼の人柄にすっかり魅了されてしまいました。
同時に、私は彼に大きな敬意を抱きました。なぜなら彼はアメリカ政府に怒るどころか「全てを許そう」と思っていたからです。原作を読んだ時、私は大きな怒りを覚えました。アメリカ政府の彼に対する不当な扱いは、とても許されるものではないと思ったんです。そんな風に私自身が怒りの感情にとらわれていたのに、モハメドゥには怒りの感情がなく、復讐も望んでいませんでした。「グアンタナモ収容所ではいい人にも出会えたし、これからの人生を前向きな気持ちで生きていきたい」と語っていました。そんな彼の考えにとても感銘を受けたのです。