スクリーンサイズで収容者の心理を表現
Q:とても印象的だったのが、作品の中で異なったスクリーンサイズを使い分けていたことです。モハメドゥがグアンタナモ収容所での体験を回想するシーンでは、スクリーンサイズをおそらく4:3にしていたと思います。
過去と現在を明確にする狙いもあると思いますが、収容所のシーンを狭い画角にすることで、閉塞感まで表現されていましたね。
マクドナルド: おっしゃる通り、回想シーンのスクリーンサイズは4:3にしています。本作のストーリーには3つのレイヤーがあり、3人のキャラクターの行動を追っていくという非常に複雑な構造になっています。なので、観客に映画を正しく理解してもらえるかどうか、少し不安に感じていました。そこで回想シーンは画面のサイズ自体を変えてみたらどうだろうと思い立ち、4:3にしたのです。するとまさにおっしゃる通り、まるで床が自分に迫ってきて、天井に押しつぶされるような閉鎖感が生まれました。結果としてモハメドゥの心理を表現するのにも大変効果的だったと思います。
『モーリタニアン 黒塗りの記録』© 2020 EROS INTERNATIONAL, PLC. ALL RIGHTS RESERVED.
Q:本作を鑑賞してグアンタナモ収容所が海沿いにあることを初めて認識させられました。映画はモハメドゥが故郷の街で波打ち際を歩いているシーンから始まり、波打ち際にある収容所に閉じこめられます。特に波の音が重要なモチーフになっていると感じました。
マクドナルド:私は、海がモハメドゥにとって自由を象徴するものだという風に考えました。彼が育ったモーリタニアの故郷の町は実際に海沿いの街でした。そして皮肉なことにキューバのグアンタナモ収容所も海沿いで、しかも自分の国とは大西洋を挟んだ反対側に位置していました。
収容所は海沿いだったので、彼は時々海鳥は見たそうですが、柵があるため海そのものは1回くらいしか見ることが出来なかったそうです。だから彼にとって、海は自由の象徴であると同時に、自分を自由から遠ざけ、故郷との距離を暗喩する、そういう存在でもあったのです。