日常から着想した「偶然」
Q:その短編である3つのエピソードひとつひとつが非常にユニークで、有りそうで無かった感覚がありました。各エピソードの着想の原点みたいなものがあれば教えてください。また、『偶然と想像』というタイトルはどのタイミングで決められたのでしょうか?
濱口:フランスの映画監督エリック・ロメールが「偶然」をテーマによく映画を撮っていて、それがすごく好きなんです。それで自分も「偶然」をテーマに、7編くらいのシリーズを作ってみようというのが始まりでした。
一つ一つのアイデア自体は、結構身近にあるものから出てきています。第一話のネタ元は、喫茶店で自分の隣の席に座っていた女性二人の会話です。それがまさに、第一話のタクシーの中で二人(芽衣子/古川琴音とつぐみ/玄理)が話しているような内容だったんです。喫茶店ではネタに困って書きあぐねているという状況があるので、隣の席の会話が聞こえてきてしまうんですね…(笑)。
「最近気になる人に会った」「その人がインテリアデザインの会社をやっている」「それで株のトレーダーもしてて…」みたいなことを話しているのですが、女の子たちの掛け合いが面白くて微笑ましいんです。そういう話を「へぇー」と思いながら聞いてしまっているわけですが、何しろこっちは書きあぐねているという状況もあり、「その会社をやっている人が、話を聞いている女の子の元カレだったらどうだろう」みたいな妄想が始まるんです。「そんな都合のいいことないよなぁ」と思いつつ、アイデアの一つ程度のものとしてしまっておいたんですが、「偶然」をテーマに考え始めた時に「あ、これでいけるんじゃないか」と。それで第一話は滑り出していきました。
『偶然と想像』©2021 NEOPA / fictive
第二話は、大学教授をしている知人の話が元になっています。その方曰く、最近は研究室のドアを開けっぱなしにしているんだと。ハラスメントの問題があって、密室空間を作ってはいけないらしいんです。つまり、密室の中でハラスメントが起こるかもしれないから、ドアを開けて衆人環視の状態にしているわけですが、一方でそれは自分を守ることにもなっていると。そのときに、もし部屋の中でサスペンスフルな状況が起きていて、それに気づかない学生たちが、開いているドアの前を次々通りすぎていったら…。そういうショットを撮れないかなと考えたんです。それが始まりでしたね。
第三話に関しては、単純にエスカレーターで出会うことってたまにあって、それを元にしました。例えば映画祭の会場などで、知り合いが向こうから降りてきてお互いに「あっ」となる。普通の道でそういう状況になると、立ち止まって会話が始まるのですが、エスカレーターの場合は立ち止まらずに通り過ぎて行ってしまう。このエスカレーターでの出会いというのが面白いなって思っていたんです。
一つ一つ全てが日常のネタなのですが、そこから物語として展開していく。そういう日常からはみ出す展開をさせるためにも、「偶然」というのはすごくいいテーマだったなと思いますね。