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ジョン・ファヴローのこだわりと人柄が見える『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.65】

ジョン・ファヴローのこだわりと人柄が見える『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.65】

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父との夏の思い出と人生の再建の物語





 カールにとっては再起の物語だが、息子パーシーにとっては父との夏の思い出の物語でもある。両親が離婚し、母親に引き取られたパーシーは、2週間ごとの週末に父と会うのを楽しみにしているが、カールは「良き父親」としての務めを果たそうとするあまり、パーシーを慌ただしくどこかしらに連れていってばかりで、なかなか息子にしっかり向き合えないでいた。ところが、フードトラックでマイアミからロサンゼルスに帰るカールの旅にパーシーがついていきたいと言い出したとき、少しずつ父と息子の時間が前に進み始める。


 もらったばかりのオンボロトラックを綺麗に掃除し、新たに買った機材を一緒に準備するところから始まり、キューバンサンドイッチの焼き加減を見張る役からだんだんと店の手伝いをしていくことになるパーシー。彼は父親からなにかを教わるという体験を新鮮に感じるだけでなく、その働く姿を間近で見ることで大きな衝撃を受けたことだろう。いつしか彼は、夏休みが終わった後も父親の手伝いを続けたいと思うようになる。


 カールの方でも息子の知らなかった側面を知ることになる。新しいものに多感な少年は、ツイッターやフェイスブック等をはじめとするSNSを駆使し、父親の預かり知らないところでフードトラックの宣伝を広めていたのだ。おかげでトラックがいく先々で現地の人々が大勢待ち受けており、店は大繁盛。SNSでの失敗がもとで仕事を失ったカールだったが、今度はSNSがフードトラックの評判を広めるのに役立った。技術の良い面と悪い面を同時に描く慎重さも、結局はいい方向へと転じていく前向きさも、ファヴロー作品の特徴のように感じる。


 ひと夏の旅を終えてロサンゼルスに戻ってきたカールのもとに、料理評論家ミッチェルが現れる。すでにカールのキューバンサンドイッチをひとに買ってきてもらい食べたという。その味に感動した彼は、かつて店でも同じように自身の料理を出すべきだったと説く。彼の酷評は、カールへの期待と憧れを裏切られて傷ついたためだったのだ。ミッチェルは新たに店を出すので、そこで自由に料理をしないかとカールに持ちかける。なんとなくフードトラックにこだわって断るんじゃないかなあと予感させるが、カールはすんなりミッチェルとお店を出すことになり、ラストシーンではそこでイネズとの再婚パーティまで開く。


 全く後腐れがなく気持ちがいいではないか。カールはフードトラックの旅を通していい意味でもプライドを持たなくなっているから、ミッチェルの申し出もすんなり受けられる。ミッチェルも別に根っから嫌な人間では全然ない。やはりこの映画には一貫して気持ちよさがあると思う。


 そして一度は全てを失ったかのように見えたカールだが、別になにも失ってなどいなかったのだ。自分の仕事を投げ出して彼を追ってきてくれた同僚もいれば、友人として彼を支えてくれる元妻もいて、彼に憧れを抱いてなにか役に立ちたいと思ってくれている息子もいる。料理人としてのプライドによっていつしか行き詰まりを感じていたカールだったが、大切にしなければならないものは、もっとすぐそばにあったことを知ったのだ。


 『アイアンマン』の監督としてマーベル・シネマティック・ユニバースの立役者のひとりであり、『マンダロリアン』を成功に導き『スター・ウォーズ』の救世主となったファヴローは、ぼくみたいなギークの尊敬の的である。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』でのハッピー・ホーガン役も泣かせてくれた。クリエイターとしても俳優としても目が離せないファヴローの、気さくな人柄が感じられるのが、この『シェフ』ではないかと思う。そして、素のファヴローが見られるのは『ザ・シェフ・ショー』なので、こちらも観てほしい。



イラスト・文:川原瑞丸

1991年生まれ。イラストレーター。雑誌や書籍の装画・挿絵のほかに映画や本のイラストコラムなど。

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