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新たなスタンダードを描いた『THE BATNMAN-ザ・バットマン-』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.66】

新たなスタンダードを描いた『THE BATNMAN-ザ・バットマン-』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.66】

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ダークナイト ライジング』から10年、ついに再起動したバットマン



 白状してしまえば、元々それほど期待はしていなかった。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)が新しい神話を築き上げている隣で、DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)も展開はされていたが、個人的にはジャスティス・リーグの一員として描かれるバットマンにそれほど関心がなかったし、単独作ではないので仕方がないにせよ、その存在感も薄い印象だった。ユニバース式のクロスオーバー作品の悪い面、即ちキャラクターや設定がひとつのパーツに過ぎなくなってしまっていたと思う。


 これはとても悔しい。この連載でも度々語ってきたように、ぼくはアメコミと言えば元々はバットマンなのだ。MCUは文句なしに楽しいし、シリーズものの概念さえも作り変えてしまった大きな現象だと思っているが、ところがひとりひとりのキャラクターにそこまで思い入れがあるかと言えば、微妙なところでもある。これは前述したようにキャラクターが半ばパーツと化しているせいでもあるのだろうが、アイアンマンにしろキャプテン・アメリカにしろ、ましてや雷神ソーにしろ、なるほど造形はよくできているが、その物語は別にぼくとは関係ないことのように思える(だから気楽に観られはするが)。


 しかし、バットマンはそうではない。彼が抱える苦悩や葛藤、衝動はマーベルのヒーローたちよりずっと等身大の人間としてリアルに感じられる。そのパーソナリティはおよそ自分と共通するところがないが、それでも自分の深い部分と繋がっている気がしてならない。もちろんそれはティム・バートンとジョエル・シュマッカーの初期の映画版を繰り返し観て成長し、高校の夏休みで『ダークナイト』を観てしまっているからである。つまりは触れてきた時間が長くて思い入れが強いのだ。


 そんなバットマンの映画が、この10年ではレゴブロックのアニメ映画が一番おもしろいなんていうのはちょっと残念ではないか。クリストファー・ノーランの三部作は誕生から引退までを描き切ったが、「普段のバットマン」を描く王道の作品をこの辺でビシッと提示してほしいとずっと思っていた。そして、この度その願いは叶ったのである。


 前置きが長くなったが、今回の『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は誕生譚でもなければ伝説的な存在となった後の物語でもない、まだ若いブルース・ウェインがあの風変わりな探偵稼業を始めてから2年しか経っていない、まさにバットマン活動が全盛期を迎える前夜である。これぞ待ち望んでいた「普段のバットマン」だ。両親が射殺され、真珠のネックレスが飛び散るという何度も見せられてきたシーンは無い。最初からブルース・ウェインはバットマンであり、ゴッサム・シティは非常に荒んでいる。分厚い雲が立ち込める夜空にサーチライトからバットシグナルが照射され、バットマンは闇に紛れて街を移動し、犯罪者たちに恐怖を与えてまわっている。そんな自己紹介的な場面からは、かつてマイケル・キートン扮するバットマンが強盗犯の背後に巨大な影を投げて現れた、まさにそのときに感じた興奮が蘇ってきて、頭の奥で火花が散ったみたいな気がして確信する。「これは観たかったやつだ!」


 フィルム・ノワール。そんな用語がふと浮かぶような雰囲気だ。闇に包まれたコントラストの強い犯罪都市、雨に濡れた地面、探偵の独白……そう、今回のバットマンは闇の騎士というより探偵という肩書きがふさわしい造形だ。高めの襟がついているのも、なんだかトレンチコートの襟を立てたようなシルエットに見えなくもない。お馴染みのケープも、これまでは平気で地面まで届いでいたが、脹脛くらいまでしかない。マスクを始め全体的にレザーのような雰囲気があるのも、アーマーとしてのバットスーツよりファッショナブルな印象。腰についたポーチ類や、足元のブーツなど、細かい部分を見てもクラシックなディテール。それでいてしっかり銃弾は弾く。


 ところでDCコミックのDCとは元々はDetective Comicの略であり、バットマンもスーパーヒーロー(当時はまだ生まれたばかりのキャラクター概念だった)でありながらもディテクティブ、つまり探偵としての性質も強いキャラクターだ。犯罪現場を調べ、クールな愛車を駆って悪党を追い、必要とあらば腕力に訴える。それはこれまでの映画でも描かれてきたところだが、本作はバットマンをヒーローというよりは徹底的に探偵として描くことでそのオリジンに歩み寄っている。そんな新しくも懐かしいバットマンが対峙するメインヴィランは、リドラーである。




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