アルフレッド・ヒッチコック監督がデビューしてから100年。映画史に多大なる影響を与えた巨匠の演出に迫るドキュメンタリー映画が公開される。その名も『ヒッチコックの映画術』。何と本作は、ヒッチコック本人が解説・ナレーションするという大胆なスタイルで構成されている。
本作の監督を手掛けたのは『ストーリー・オブ・フィルム 111の時間旅行』(11)で約1,000本の映画を考察しながら映画史を紐解いて見せたマーク・カズンズ。本作のプロモーションで来日したカズンズ監督は、『天国と地獄』(63)のパンフレットや『にっぽん昆虫記』(63)のポスター、そして自身の腕にも彫ってある田中絹代のサインをゲットするなど、日本滞在を満喫。手に入れたお宝を嬉しそうに見せてくれた。そんな「映画が好きでたまらない!」と全身から溢れているカズンズ監督が、上機嫌でインタビューに答えてくれた。
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20世紀で最もビジュアルなフィルムメイカー
Q:来日してから楽しい日々を送られているようですが、日本はいかがですか?
カズンズ:日本に来るのは3度目ですが、東京は素晴らしい都市ですね。映画史に中心があるとすると、僕の中ではそれは小津安二郎なんです。今まさにその中心地に身を置いていて、何だかとてもいい気分です。映画のパンフやグッズを扱っているお店は、世界でも東京が最高!“シネフィルユニバース”の中心地はニューヨークやパリだと思われがちですが、僕は東京だと思っています(笑)。
Q:では早速作品についてお聞かせください。数多の映画を観ているカズンズ監督にとって、ヒッチコックとはどのような監督なのでしょうか?
カズンズ:20世紀における最もビジュアルな(視覚に訴える)フィルムメイカーです。知的というよりも身体的で、夢のような映画を作りワクワクさせてくれた監督です。50年代のロックンロールや60年代の抗議活動など、その時代性を捉えた監督もいますが、ヒッチコックはそういった社会的なテーマよりも、何か夢のようなものを捉えていたのだと思います。
『ヒッチコックの映画術』© Hitchcock Ltd 2022
Q:ヒッチコックは、サイレントからトーキー、そしてカラー映画まで、映画の歴史を体現してきた人でもあります。フォーマットは違えども、その共通性をこの映画は浮かび上がらせるわけですが、カズンズ監督自身、その共通性にはいつ気づいたのでしょうか?
カズンズ:ナイーブな10代の頃ですね。当時は観た映画の星取りをスクラップブックに書き留めていて、同時に感想も書いていたのですが、それは多くの場合、強いビジュアルや、色、カメラワークなど、フォルムとスタイルについてでした。当時は本を読むのが苦手で、少し失読症っぽいところもあったのですが、一方で視覚的な記憶力はかなり良かったんです。だからイメージや映像といったものに、複雑な何かが存在しているということは小さい頃から分かっていました。
Q:そうしたビジュアルに加えて、テーマについても感じるものはありましたか?
カズンズ:当時は自分が思春期だったこともあり、“欲望”について感じることが多かったですね。キム・ノヴァクの美しさに魅了されつつ、同時にケイリー・グラントの美しさも感じていました。ヒッチコックの描く欲望は、女性と男性両方にあるんです。
また、ある種ロードムービー的な資質もあり、映画自体が一つの“旅”のような作りだと感じていました。そして、孤独なキャラクターが多い。何かに追われていることが多いので、結果的に一人でいなきゃいけないのかもしれませんが(笑)。“孤独”は今回のテーマの一つで、作ろうと思ったときに最初に思いついたこと。子供の落書きにものすごいエネルギーがあるのと同じく、映画作りにおいても最初のメモはすごく大事なんです。何度もこのメモに立ち返りながら映画を作っていきました。