『時をかける少女』(83)『パプリカ』(06)『ジャズ大名』(86)等々、映像化された筒井康隆作品は数多いが、今回そこに新たな傑作が加わった。しかも監督は『桐島、部活やめるってよ』(12)『騙し絵の牙』(21)の吉田大八とくれば、期待せずにはいられない。実際に本作『敵』は、昨年の東京国際映画祭で東京グランプリ、最優秀男優賞、最優秀監督賞の三冠に輝く快挙を成し遂げた。老人の日常を描くこのモノクロ映画には、強烈なまでに惹きつけられる“何か”がある。吉田大八監督はいかにして『敵』を作り上げたのか。話を伺った。
『敵』あらすじ
渡辺儀助(長塚京三)、77歳。大学教授の職を辞して10年― 妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋に暮らしている。料理は自分でつくり、晩酌を楽しみ、多くの友人たちとは疎遠になったが、気の置けない僅かな友人と酒を飲み交わし、時には教え子を招いてディナーを振る舞う。預貯金が後何年持つか、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、来るべき日に向かって日常は完璧に平和に過ぎていく。遺言書も書いてある。もうやり残したことはない。だがそんなある日、書斎のiMacの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。
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年月を経て変わった読後感
Q:原作のどこに映像化の魅力を感じたのでしょうか。
吉田:最初に読んだのは90年代の終わり頃、自分はまだ30代で映画も撮っていませんでした。物語の前半は日常生活の執拗な描写が続き、それがたまらなく心地よかった。何となくそれがずっと頭の中に残っていて、ああいう描写だけで老人を主人公に何か撮れないかと考えたことがありましたが、映画化しようというところまでは至りませんでした。
それから時が経ち、コロナ禍で家から出られなくなった機会に読み直してみると、既に50代後半になっていた自分には、以前とは全然違う形で響いてきた。これは映画にして自分が観てみたいかもなと。当時はコロナ禍で世界中の人たちが家から出られず、主人公の儀助と同じような境遇にありました。その特殊な状況も自分の気分に影響したのかもしれません。
『敵』ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA
また、ちょうどそのとき「何かやらない?」とプロデューサーから誘われたので、自分の中でテンションが高くなっていたこともあり、「これやろうよ」と「敵」を読んでもらったんです。ただ、内容が内容ですから「乗ってこないだろうな」と半分くらいは思っていました。それがまさかこんなにトントン拍子に進むとは、その成り行きには自分でも驚きました。