物理法則に縛られないコマ撮りアクションの醍醐味
Q:凄まじいアクションシーンでしたが、コンテなどは川村さんご自身で描かれているのでしょうか。
川村:パイロット版を作った時はざっくりしたラフなコンテしか描いていません。最初は細部まで描き込もうと思ったのですが、あくまでも目的は、映像の力でドカンと殴られるような衝撃的な面白さを伝えること。アクションシーンは2分半しかないので、中途半端にドラマを描写しても意味がない。静かなドラマ表現なら従来のコマ撮り技術でも十分に可能。それよりも、2分半で圧倒的な独自性を伝えるにはどうすべきか考え、激しいアクションシーンに特化することに決めました。物語は多く語らないけれど、キャラクター同士の関係性や「この主人公は復讐者なのかな?」と匂わせる。そして、ただの渋い時代劇ではなく「チェンソーが出てきたぞ!」「ロボットまで出てきた!」というような、ぶっ飛んだ世界観を感じさせる「カルピスの原液」のような濃縮された映像にしようと。
そのため緻密なコンテは存在せず、最終的には殺陣の振り付けのベースとなるような大まかな指示書になりました。「敵がこう迫ってきて、ここで襲われて」といった動きと、「このセクションではこういう流れを描きたい」という構成案ですね。具体的には、主人公の甚五郎が犬丸という兄弟子に裏切られる設定があり、久しぶりに再会するシーンとして敵のアジトに乗り込む展開を描きました。最初は誰か分からないのですが、部下を全員なぎ倒した後に犬丸と対峙し、「甚五郎…生きていたのか」と正体が明かされる。過去の因縁を想像させつつ、犬丸が巨大なロボットを起動させ「ここからもっと凄いバトルが始まるぞ!」という期待感を持たせた瞬間に終わる。その先まで描くと大変なことになるため、一番盛り上がる手前でカットして匂わせる構成にしました。予算がなかったので、苦肉の策ですね。
今後、本編を作る際のコンテは、共同監督を務めてくれる小川育さんという優秀なディレクターと一緒に描いていくか、専門のストーリーボードアーティストを入れて描いてもらうことになると思います。僕がミュージックビデオを作る時のようなフレーム単位で描き込むスタイルでやってしまうと、長編映画のコンテは永遠に終わらなくなってしまうので(笑)。
『HIDARI』パイロットフィルム メイキング
Q:実写映画の場合は実際の風景や俳優が存在するので、現場でカメラワークを決められますが、コマ撮りの場合は完全なゼロベースから構築する必要がある。アニメーターの方々は本当に凄いなと感心しました。従来の日本のコマ撮り作品では、あそこまでダイナミックなアクションはあまり見られなかったと思いますが、あのアクションはどのようにして実現したのでしょうか。
松本:川村さんが大まかなアクションの流れを作った上で、ではそれをどう映像化しようかという話になりました。実写のアクション監督を入れるべきなのか、複雑なカメラワークを得意とする撮影監督を入れるべきなのか、そういった専門家を入れないと激しいアクションは成立しないのではと考えていた時、アニメーターの稲積さんが「1ヶ月ほどドワーフのスタジオを貸してください」と申し出てきたんです。それこそ『鶴の恩返し』のように、「絶対に誰も中に入ってこないでください」と宣言し(笑)、川村さんのコンテを読み込み、ビデオコンテのアクションテストを一人きりで撮り始めたんです。
稲積さん曰く、「コレオグラファーがアクションを作ってしまったら、人形は人間の可動域を超えた動きができなくなってしまう。コマ撮りの人形は物理法則を無視して人間を超えるアクションができるんだ」と。カメラワークに関しても「コマ撮りのカメラは実写よりもはるかに自由。実写ならカメラマンが被写体にぶつかってしまう危険なアングルでも、コマ撮りならギリギリまでカメラを近づけることができるし、カットの途中でレンズを変えることだって可能。コマ撮りは実写よりも遥かに自由だということを見せてやる」と。 外部のアクション監督やカメラマンが入ってくるとその自由な発想が制限されてしまうため、その前に「自分でやる」と宣言し、密室でテスト撮影を開始しました。
もしここで川村さんに入ってもらうと、2人ともこだわりまくるので永遠に終わらない(笑)。それで川村さんには「ちょっとテストしてまーす」と濁して途中経過は見せませんでした。完成すれば絶対に川村さんが喜んでくれると確信していましたし、川村さんがどれほど細部にこだわる監督かも理解していたので、まずはこのアニメーターに思いっきり暴れさせて、何が実現できるのかを監督に証明しようと。プロデューサーとしてはこの2人のガチンコ勝負の相性を見極める狙いもありました。稲積さんは3週間ほど密室でテストを繰り返し、「カメラを実際に回り込ませるのが難しいなら、床のセットごと回してしまえばいい」といった大胆なアイデアも次々と生み出し、完成したテスト映像を川村さんにポンと送ったんです。そんな経緯であのアクションは生まれました。
『HIDARI』アニメーションテスト
川村:その映像を見た瞬間に「あ、これは成功するな」と確信しました。映像はグリーンバックで、敵も発泡スチロールのブロックが切り刻まれていくような簡易的な状態でしたが、僕が意図したカメラの動きや流れをしっかり汲み取ってくれている部分がありつつ、同時に僕の指示を完全に無視して独自のアクションに改変している部分もあった。でもそれがすごく面白かったんです。このテスト映像の熱量をそのまま本番に拡張できれば、間違いなく凄い作品になるぞと。
普段制作しているCGや2Dアニメーションと、コマ撮りの現場とでは、ディレクションのアプローチを変えるべきだと学びました。僕が普段やっているようなフレーム単位でコントロールするマイクロマネジメント的な手法では、コマ撮りは成立しない。逆に、ある程度はクリエイターに委ね、どこまでをルールとして守らせ、どこから先を自由に暴れさせるかという指示こそが監督としての勝負なのだと。それ以降はアクションをガチガチに固めることはやめ、シーンごとにキャラクターの感情や特性をしっかり説明した上で、具体的な殺陣の構築はある程度アニメーターに委ねるという制作スタイルに切り替えました。そちらの方が結果的に想像を超える良いものが生まれてくるんです。
松本:もちろん、監督として譲れない部分のリテイクはしっかり出してもらっています。コマ撮りの現場に慣れていない監督は、アニメーターの労力を前にしてリテイクを遠慮しがちなのですが、川村さんは本当に根性を入れてリテイクを指示できる監督。純粋により良い作品を目指している証拠ですし、現場に飲まれることなく妥協しない、良い監督だなと思います。