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『マイ・プライベート・アイダホ』『ドラッグストア・カウボーイ』<デジタルリマスター版>ガス・ヴァン・サント監督 スタイルは意図的なものではない【Director’s Interview Vol.579】
孤独の果てに見え隠れする希望
Q:2作とも孤独と家族(擬似家族)の往復が描かれます。最終的には孤独に帰結するように見えますが、ささやかな希望も感じさせます。当時の自身の思いなどは反映されていますか。
ヴァン・サント:そうですね、脚本もストーリーも常に非常にユーモラスで、その中に希望が含まれていたと思います。
『ドラッグストア・カウボーイ』のラストシーンについて言えば、当初は通りを走る救急車がランプを消すことで、静かに主人公の死を暗示していました。しかし会社側は、彼が死んだと思わせないよう、救急車のランプを点灯させたままにしてほしいと求めたのです。そこで私たちは、映画の最後に「俺は生きていた」という彼自身のナレーションを付け加えることにしました。

『マイ・プライベート・アイダホ』©2026 WBEI
一方、『マイ・プライベート・アイダホ』の主人公はナルコレプシー(睡眠発作)を抱えています。この設定は、ジョージ・エリオットの小説「サイラス・マーナー」から着想を得たものです。それが医学的に実在する症状なのか、単なる作家の創作なのかは分かりませんが、その小説の登場人物は突然フリーズして眠りに落ち、時には1週間も経ってから目を覚ますのです。『マイ・プライベート・アイダホ』の主人公マイク(リヴァー・フェニックス)も同様に突然眠りに落ち、そのまま誰かに運ばれるなどして、全く別の町で目を覚まします。
そして映画のラストシーンも、彼が何者かに拾われて運ばれていく姿で終わっています。誰が彼を拾ったのかは明かされませんが、それは決して物語の終わりを意味するわけではありません。彼はただ、またどこか別の場所へと運ばれていくだけなのです。