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『マイ・プライベート・アイダホ』『ドラッグストア・カウボーイ』<デジタルリマスター版>ガス・ヴァン・サント監督 スタイルは意図的なものではない【Director’s Interview Vol.579】
1980年代後半から90年代にかけてのアメリカ・インディペンデント映画界を牽引し、今なお世界中の映画ファンやクリエイターに多大な影響を与え続けているガス・ヴァン・サント監督。彼の初期の代表作であり、青春映画の金字塔として語り継がれる『ドラッグストア・カウボーイ』(89)と『マイ・プライベート・アイダホ』(91)が、鮮やかなデジタルリマスター版となってスクリーンに蘇る。
社会のはみ出し者たちが抱える孤独や焦燥、そしてその果てに見え隠れする希望を、ユーモアと詩的で斬新な映像美とともに描き出した両作は、当時のハリウッドでいかにして産み落とされたのか。ガス・ヴァン・サント監督に話を伺った。
『マイ・プライベート・アイダホ』あらすじ
緊張すると突然意識を失ってしまうナルコレプシーという奇病を抱えるマイク(リヴァー・フェニックス)は12歳の時に母親に捨てられて故郷のアイダホを離れ、ポートランドの路上で体を売って暮らしている。スコット(キアヌ・リーヴス)はポートランド市長の息子で何不自由なく育ったが、家庭に温かさを感じられず、家を出て男娼をしている。母親を探す決意をしたマイクは、スコットを誘ってバイクでアイダホにいる兄を訪ねる。そこで渡された絵葉書を手がかりに母が勤めていたホテルに向かうが、イタリアからの便りのみが残されていた。二人は体を売って往復の旅費を稼いでローマに飛び、母が働いているという農場にたどり着く。しかし、母はアメリカに帰るとだけ言ってすでに消息を絶っていた。失意のマイクにスコットは別れを告げ、二人はそれぞれの道を進んでいく。
『ドラッグストア・カウボーイ』あらすじ
新たなドラッグを手に入れるため、ドラッグストアを荒らし、その日暮らしをするボブ(マット・ディロン)と妻ダイアン(ケリー・リンチ)や友人リック(ジェームズ・レマー)、10代のナディーン(ヘザー・グラハム)。犯罪のスリルとドラッグが全身を包み込む快感。それさえあれば満足だった。ところが、ある日、ナディーンが犯した事故が引き金となって仲間たちの関係に亀裂が入り、歯車が狂い始める。
※本記事は両作品の結末に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
Index
結末について会社から出された要望とは
Q:改めてこの2作を見返すと、初期衝動のようなものを強く感じます。とても自由で、監督のやりたいことがすべて詰め込まれているような印象を受けますが、当時の思いや制作環境はいかがでしたか。
ヴァン・サント:『ドラッグストア・カウボーイ』は客観的に観ても非常に魅力的な物語でした。主人公たちは本来ただの強盗だったのですが、手っ取り早いからと薬局を狙うようになり、やがて自分たちもそのクスリに手を出してしまう。最初から麻薬中毒者になろうとしたわけではなく、環境のせいで陥ってしまったという非常に奇妙な集団の話なのです。ハリウッドにおいて、これは興味を惹きつつも “危険でリスクのある”企画でした。私がその前に撮った『マラノーチェ』(86)も同様に危険でユニークな作品でしたね。
この企画は最終的にある制作会社に拾われました。そこのエグゼクティブの一人は、やはり挑戦的な作品である『蜘蛛女のキス』(85)を手掛けた人物でした。彼らはインディペンデント映画を作りたいという明確なビジョンを持っていましたが、そんな社内であっても私の企画は異端だったと思います。なぜなら、この企画を推していたのはトップの人間ではなく、彼らがCEOを説得してようやく通ったものだったからです。とはいえ、当時の400万ドル(現在の価値なら800万ドルほどでしょう)という十分な予算を与えられながら、制作にあたっての面倒な制約は一切ありませんでした。映画というのは、監督以外の人間が介入すると機能しなくなったり、効率が落ちたりするものです。その点、この作品では私がプロジェクトを完全にコントロールできており、自分のやりたいことをやる上で何の障害も感じませんでした。

『ドラッグストア・カウボーイ』©1989 Avenue Entertainment,Inc.All Rights Reserved.
もちろん会社側にも一定の条件はありました。撮影監督にはウィリアム・フリードキン監督との仕事経験がある著名なスタッフが起用され、カメラ、衣装、美術の担当者も過去に素晴らしい映画を手掛けたベテランばかりでした。会社側はそうしたスタッフの過去の実績に安心感を求めたわけです。つまり非常に伝統的なハリウッド式のクルー編成でした。ただ私にとって、それはむしろ足かせになる部分もありました。各部署がそれぞれの仕事を完璧にこなす必要があるため、どうしても現場の動きが遅くなってしまうのです。私自身あれほど大所帯のクルーと働くことに慣れていなかったこともあり、現場のスピードに合わせて自分の撮影スタイルを変えざるを得ませんでした。
物語に関して会社側から出された要望は、最初の打ち合わせの時に言われた一つだけです。元の脚本では、マット・ディロン演じる主人公のボブは、最後に救急車で運ばれる途中で息を引き取ることになっていました。しかし、「結末が暗すぎるから彼を死なせないでほしい」というのが、彼らの唯一の要望だったのです。