デンゼル・ワシントンの目標シドニー・ポワチエ
本作は、デンゼル・ワシントンにとって初めてのアカデミー賞主演男優賞受賞となった。黒人男優としては、『野のユリ』(63)で1964年に受賞したシドニー・ポワチエに続いて2人目。実に38年ぶりとなった。デンゼル・ワシントンは受賞セレモニーでのスピーチで、シドニー・ポワチエが出席していたこともあり、「ずっと貴方を目標にしている」とポワチエに感謝を述べた。
しかし、デンゼル・ワシントンが『トレーニング デイ』で演じたアロンゾ・ハリスという男は、シドニー・ポワチエが絶対に演じないような役であった。ポワチエは、いつも黒人の模範となるような、ポジティブで志の高い役を演じることが多い。そしてアメリカ育ちでないポワチエは、英語の訛りを気にして、意識して綺麗な英語をしゃべることを心掛け、役に入り込んでも特別なことがない限り、それは保たれていた。
対して、今回デンゼル・ワシントンが演じたアロンゾ・ハリスは、お里が知れるような口汚さで下品、そしてゲットー(マイノリティの密集居住地)に巣くう捕食者であり、逆の被食者でもある。決して、黒人の模範となるような役ではなかった。デンゼル・ワシントン自身の一般的なイメージも、厳格なキリスト教説教師の父の下で育ったスキャンダルなどとは程遠い真面目な役者だ。そんなワシントンが、今回はかなりのリスクを冒して挑んだキャラクターなのだ。
そして、本作といえば、なんといっても「俺はキングコングにだって勝てる!」というアロンゾの名言である。ゲットーを食い物にしていた男が、四面楚歌となり放った精一杯の強がりであり、悪に満ちた麻薬取締課を生き抜くための処世訓だ。実はこれ、デンゼル・ワシントンのアドリブが生んだものである。実際の脚本とデンゼル・ワシントンが放ったセリフを比べてみると、アドリブや言い回しを変えている部分が多い。より生のゲットーを感じる言葉遣いだ。
『トレーニングデイ』(c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
そんなこともあり、一部の黒人観客からは反感を買った。そこまでして、デンゼル・ワシントンはオスカーを手中に収めたのである。逆にそこまでしないと、認められなかったということかもしれない。