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『博士の異常な愛情』シリアスドラマをブラック・コメディへと変貌させたキューブリックの革新性

『博士の異常な愛情』シリアスドラマをブラック・コメディへと変貌させたキューブリックの革新性

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運命の1963年11月22日が与えた影響



 本作をめぐっては、公開予定日の数週間前に起こった出来事も大きな影響を与えた。それはまぎれもない1963年11月22日、ケネディ大統領暗殺事件だ。奇しくもこの日は最初の関係者試写が行われる日でもあったらしいのだが、突然飛び込んできたニュースを受けて、上映は中止になったという(同書P.205より)。


 影響は当然、映画本編にも及んだ。本作にはB-52を操縦するコング少佐(スリム・ピケンズ)が「ベガスで良い週末を過ごせる」と口にする場面があるが、当初このセリフは「ベガス」でなく「ダラス」だった。しかしケネディが暗殺された場所がまさにそのダラスだったことから、事件を連想させるということで、吹き替えられたそうだ。




 それだけにとどまらず、この深刻な時期に政治的ブラック・コメディを封切るのは憚られるとして、映画会社は本作の公開日を1964年の1月へと後退させることを発表。


 さらに興味深いのは、前述の(カットされた)パイ投げシーンの中に、ジョージ・C・スコット演じるタージドソン将軍が「みなさん、我々の敬愛すべき大統領が、働き盛りに倒されました」(同書P.205より引用)と呼びかける箇所が含まれていたことだ。もちろん、銃弾にではなく、パイによって倒されたわけであるが。


 一説では、このケネディ暗殺事件がパイ投げを丸々カットした理由の一つになったのではないかとの見方もあるようだ。いずれにしても、もしこの場面、このセリフがそのまま本編に使われていたら、当時の観客の多くが頭の中で大統領=ケネディと連想し、核の脅威という本来のテーマとはやや違う方向へと意識が傾いてしまったかもしれない。



 

 もともとキューブリックは、17歳の頃、フランクリン・リーズベルトの死を伝える一枚の写真が「ルック」誌に売れたのをきっかけに、フォトジャーナリストへの道を歩み始めたことで知られる。それから約20年、別の大統領の死によってまたも自身が大きな影響にさらされることになるなんて、思いもしなかったはずだ。


 かくして、30代半ばでこのような怪作を作り上げてしまったキューブリック。彼は21世紀の到来を目にすることのないまま1999年にこの世を去り、名優ピーター・セラーズも、ジョージ・C・スコットやスリム・ピケンズ、原作者ピーター・ジョージ、脚本家テリー・サザーンもとうに亡くなった。彼らは天国で、ますます複雑怪奇に混迷化する現代の国際情勢を一体どのように見つめているのだろうか。


参考・引用文献

映画監督スタンリー・キューブリック」(ヴィンセント・ロブロット/浜野保樹、櫻井英里子訳/晶文社/2004)



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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作品情報を見る



『博士の異常な愛情』

Blu-ray ¥2,381+税

(株)ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

(c)1963, renewed 1991 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

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