ロビー・ロバートソンのテーマ曲とジューク・ボックスのような多彩な選曲
スコセッシ組としてさらに忘れてはいけないのが、音楽担当のロビー・ロバートソンである。カナダのロック・バンド、ザ・バンドの元メンバーで、彼らの解散コンサートを描いた『ラスト・ワルツ』でふたりは意気投合し、「兄弟のような絆を感じた」という。マルホランドで一緒に暮らしたこともあり、お互いに映画と音楽の知識を交換し合った。
『レイジング・ブル』以降はスコセッシ映画にミュージシャンとして参加するようになり、すでに10回ほどコンビを組んでいる。
劇中ではダークなトーンの『アイリッシュマン』のテーマ曲が主人公たちの運命のゆくえを暗示する。「この映画はこれまで見てきたどんなギャング映画とも異なるので、今までにないスコアを作った」とロビーは語っている。
エンディングには「リメンバランス」というブルース調の曲が流れ、そのギターとハーモニカの音が胸にズンとくる。この曲は今年の秋にリリースされたロビーのニュー・アルバム「シネマティック」から取られた一曲だ。
アルバムには『アイリッシュマン』のフランク・シーランをモデルにした「アイ・ヒア・ユー・ペイント・ハウジズ」という曲も収録され、ロビーは旧友ヴァン・モリソンと軽快なデュエットを披露。これは映画の原作本の英語タイトルで、実在のホッファが初めてフランク・シーランと電話で話した時に言った言葉とされている(原作には「あちらこちらの家にペンキを塗っているそうだな」とホッファがシーランに語るところがある)。
さらにこのアルバムにはスコセッシが製作総指揮を担当したロビーの新作ドキュメンタリー映画「Once were Brothers」のテーマ曲も収録されている。「かつて俺たちは兄弟だった」という歌詞はザ・バンドのメンバーとロビーとの関係を歌っているようだが、同時にスコセッシの映画で描かれるギャング同士の絆をも思わせる。「シネマティック」というタイトル通り、映画的な要素が入った魅力的なニュー・アルバムになっている。
ロビーの音楽以外にも、『アイリッシュマン』には50年代・60年代・70年代の音楽が登場する。『裸足の伯爵夫人』(54)のように映画音楽からの引用もいくつかあるが、特に印象的なのがフランス・イタリア合作映画『現金に手を出すな』(54)のテーマ曲「グリスビーのブルース」だろう。ジャック・ベッケル監督のフィルムノワールの代表作で、ジャン・ギャバンが老いたギャングに扮して、今回の映画との共通点も見出せる(ハーモニカが使われる点も、ロビー・ロバートソンの2曲との共通点で、妙に哀愁を感じる)。劇中ではシーランとバッファリーノが酒場で話す場面に流れる。
冒頭で使われているのはファイブ・サテンズの50年代のオールデイズ「イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト」。ノスタルジーで優しい響きだ。シーランが二人目の妻となる女性と初めて出会う場面ではジョー・スタッフォードの「ユー・ビロング・トゥ・ミー」(あなたは私のもの)が流れ、彼の気持ちが曲に託されている。
後半、登場するチームスターズの授賞式の場面では男性シンガー、ジュリー・ヴァリの「アル・ディラ」の美メロディが流れる。ヴァルはスコセッシのお気に入りで『グッドフェローズ』や『カジノ』でも使われている。ヴァル役に扮して、口パクのライブを見せるのはロック・ミュージシャンのスティーヴ・ヴァン・ザント(ふだんと違うソフトな顔を見せる)。このあたりにはスコセッシらしい遊び心も見える。
原作にも登場するグレン・ミラー・オーケストラ、さらにパーシー・フェイス・オーケストラ、ファッツ・ドミノ、サント&ジョニー、ビル・ドゲットなど、いつものスコセッシ映画同様、曲がテンコモリ。今回はロック調の曲はわりと控えめで、ロマンティックな曲や明るいラテン調の曲が多く、男たちの血なまぐさい葛藤のインパクトを中和する。
スコセッシのギャング映画には繰り返し見たくなる不思議な魅力があるが、それは音楽の力に負うところも大きい。音のテンポに合わせて編集された小気味よい映像に何度も身をゆだねたくなるからだ。時代のジューク・ボックスのような映画をスコセッシは作り上げている。
文:大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。
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※2019年12月記事掲載時の情報です。