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『ヘヴィ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!』ヘヴィ・メタルの辺境性が「映画」を咆哮させる

『ヘヴィ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!』ヘヴィ・メタルの辺境性が「映画」を咆哮させる


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ムーミンと白夜の国からやって来た痛快メタルムービー!



 「フィンランドと言えば?」と聞かれた時、あなたはどんなものを思い浮かべるだろうか。ムーミン、トナカイ、サウナ、サンタクロース・・・といった、なんとなくピースフルなイメージが溢れてくるのではないか。しかし、かの国は、ロン毛、革ジャンの男女が頭をふりまくる、世界でも有数のヘヴィ・メタル大国なのである。その証拠に人口550万人足らずのフィンランドにはおよそ3,000のメタルバンドが存在する。これは人口比10万人あたり53近いバンドがいることになり、対して日本は、その50分の1ほどというから、フィンランドの突出ぶりは推して知るべしだ。


 そんな国から登場したのが、『ヘヴイ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!』。かなり説明的なサブタイトルが示すように、コメディ映画だが、そこには、映画史の中で受け継がれてきた「バンド映画」の極上のエッセンスが散りばめられ、爆笑と涙で観客を包み込む。




ヘヴィ・メタルこそバンド映画の王道



 フィンランドの片田舎に住む25歳の介護士トゥロは地元の友人たちとメタルバンドを組んでいるが結成から12年、一度もステージに立ったことはない。ロン毛で革ジャンといういで立ちのため村で浮きまくっており、ヤンキーからはバカにされ、警察からも目をつけられている。そんな彼らに隣国ノルウェーで開催されるメタルフェスに出演できるチャンスがめぐってくる。しかし、やっと作ったオリジナル曲は1曲。金はない、ステージ経験もない、しかもバンド名も決まっていない。ないない尽くしの彼らは無事ステージに立つことができるのか?


 あらすじを読めば、映画ファンなら過去の名作バンド映画が思い浮かぶだろう。架空のロックバンドに密着したフェイクドキュメンタリーの傑作『スパイナルタップ』(84)、売れないロックバンドがラジオ局を占拠、自分たちの曲を放送させようとする『ハードロック・ハイジャック』(94)。ジャック・ブラックが小学生たちとロックバンドを組んでコンクールに出場してしまう『スクール・オブ・ロック』(03)などなど。




 『ヘヴイ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!』はこれら先行作品が培ってきた「バンドあるあるギャグ」をしっかり取り込みながら、フィンランド独自の視点を持ったメタルバンド映画として最高の仕上がりを見せている。


 しかし、考えてみると、バンド映画(特にコメディ)ではハードロック/ヘヴィ・メタルが題材になることが多い。先の三作品もそうだが、筆者が個人的に大好きなドキュメンタリー映画『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』(09)は実在のメタルバンドに密着し、売れようとする彼らの苦闘を愛ある目線で笑いに変換しながら、最後にはこちらの涙腺を崩壊させてくれる。


 同じバンド映画でも『ボヘミアン・ラプソディ』(18)のようなシリアスな人間ドラマはないが、メタルバンドを描く作品には社会の中で決して主役にはなれない者たちの悲哀と、そんな存在に対する共感が横溢している。それは、ヘヴィ・メタルという音楽が持つ「辺境性」が大きく関係しているのではないだろうか。実はその辺境性こそが『ヘヴイ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!』を傑作たらしめた要素だと筆者は強く思うのだ。



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