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『エレファント』ガス・ヴァン・サントとハリス・サヴィデスが挑んだ、リアリズムと究極のミニマリズム。世界が認めた“Death Trilogy”とは。
複雑な事件の背景
意味を廃した本作のミニマムな作りは、最近になって、あらためて正しかったと考えさせられることがあった。2017年に、実行犯の一人、当時17歳だったディラン・クレボルドの母親が手記を発表し、有名なプレゼンテーション番組のTEDに出演したのだ。そこでわかった事件の背景は複雑であり、全てわかったかのように描くには難しい題材であった。
TED Talks「息子はコロンバイン高校乱射犯 母として、私の伝えたいこと」
その後の調べで、ディランには犯行の数年前から自殺願望があり、実行の恐怖を乗り越えるために殺人を犯して自分を麻痺させようとしたことがわかってきた。母親は、息子が自殺願望と暴力衝動が一体化した、異常な精神状態であったことに気づけなかった。不幸だったのは、彼が家族には一切相談しなかったことと、殺人願望のあるエリック・ハリスと同じ学校で奇跡的に出会ってしまったことであった。
自殺願望を抱くまでの過程には、スクールカーストや人種問題、もちろん銃規制の問題など、多くの問題が関わっている。母親は今では若者の自殺予防活動に生涯を捧げており、彼女はこう呼びかけている。一見大丈夫なように見える人でも、何かしら問題を抱えているんじゃないかという想像力を持ち、わずかな時間でもいいから話しかけること。そして、自分の子供は大丈夫、自分の身近なところには問題を抱えている人はいないのだ、という思い込みを捨てて欲しいと。
実在の事件に着想を得て、若者の死を描いた三部作だが、監督の意図はドキュメント的再現にあるのではなく、あくまでも、自分が考える死生観を表現する実験性にあった。いつか必ず訪れる死は、淡々と送る日常の延長線上にあるものであり、多くの映画で描かれてきた過剰な意味のようなものは見出せるものではない。
一度でも死というものに向き合ってみれば、逆に、何の変哲もなく過ごす生活が、そこまで悪いものじゃないというメッセージを感じることができるのだ。
文:江口航治
映像プロデューサー。広告を主軸に、メディアにこだわらず幅広く活動中。
カンヌはじめ国内外広告賞多数受賞し、深田晃司監督『海を駆ける』(18)やSXSWへのVR出展など、様々な制作経験を経たプロデューサーならではの視点で寄稿してます。
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