2020.02.03
回帰と諦念、葛藤の果てに
前述のように、映画終盤のハイライトには当初、聴衆の前でのコンサートが構想されていた。国外の会場や船上で開催するアイデアも出されたが移動が大変になるし、近場のロンドンでは大きなホールの予約はずっと先まで埋まっている。結局、アップル社屋の屋上で1月30日、ゲリラ的にライブを敢行することが決まった。
ここで披露される快調な8ビートのロックナンバー「ゲット・バック」は、ポールが「原点に帰ろう」という思いを込めて用意した曲だ。「帰れ 帰るんだ かつて自分がいた場所へ」という歌詞で、ぎくしゃくしてしまったバンドに昔のような絆を取り戻したいという願いを叫んだ。「ゲット・バック」は元々、映画のタイトルにもなるはずだった。
「ゲット・バック」
だがポールはまた、「困難の時 聖母メアリーが現れて 英知の言葉をささやく なすがままに」と歌う「レット・イット・ビー」も作り、アップルのスタジオで演奏した。こちらは、なるようにしかならないという、いわば諦念の思いだ。バンドにとってよかれと思ってとった言動が理解されず、冷めた対応をされたり反発されたりすれば、さじを投げたい気分にもなるだろう。アルバムを代表するこの2曲は皮肉にも、ポールの揺れ動き葛藤する思いの両極を表す歌だった。
「レット・イット・ビー」
【終末期・その2】
この屋上でのライブ、通称「ルーフトップ・コンサート」をもって、映画のための収録は終わった。ただし完了した当初、メンバーは楽曲の出来に不満で、半ばお蔵入りの状態になってしまう。
4人は「次のアルバムで最後」の予感を胸に、同年2月~8月にレコーディングし、『アビイ・ロード』を9月にリリース。翌70年4月にポールが脱退を発表したことで、ビートルズは事実上解散となる。
その1カ月後の5月に映画『レット・イット・ビー』が公開され、収録曲中の数曲にフィル・スペクターがアレンジを加えた同名アルバムも同じく5月に発売される。リリース順としては、『レット・イット・ビー』がビートルズ最後のアルバムとなった。
かくして、ポールがビートルズの輝きを取り戻そうと企画した映画は、図らずも、崩壊に向かって陰りゆくバンドの姿を焼きつけるフィルムになったのだった。
参考文献
『ビートルズアンソロジー』ザ・ビートルズ・クラブ監修翻訳 リットーミュージック刊
フリーランスのライター、英日翻訳者。主にウェブ媒体で映画評やコラムの寄稿、ニュース記事の翻訳を行う。訳書に『「スター・ウォーズ」を科学する―徹底検証! フォースの正体から銀河間旅行まで』(マーク・ブレイク&ジョン・チェイス著、化学同人刊)ほか。
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