2020.02.21
『プレーム兄貴、王になる』を彩るサブテキスト
邦題の『プレーム兄貴、王になる』の「兄貴」だが、劇中の呼び名と言うよりも、演じるサルマン・カーン自身の通り名が「兄貴」であることに所以している。先に日本公開されているサルマン主演作『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(15)のオリジナル・タイトルが『Bajrangi Bhaijaan』(直訳で「バジュランギ兄貴」)となっているのも、その目配せだったが、日本では50歳を優に越えたサルマンを「兄貴」とするのに躊躇したのか「おじさん」へ着地したようだ。
『バジュランギおじさんと、小さな迷子』予告
『プレーム兄貴、王になる』は、その兄貴が語り部として出演する大衆演劇の舞台から幕を開ける。この時の演目はヒンドゥー教の聖典の一つ「ラーマーヤナ」だ。インドのお祭り風景のニュース映像などで、青い顔をした頭を幾つもズラリと横に並べた扮装をした人を見かけたことがあるだろう。あれは「ラーマーヤナ」の悪役ラーヴァナである。
「ラーマーヤナ」は全7巻に及ぶ一大叙事詩で、ラーヴァナに妻のシータ姫を拐われたラーマ王子が神猿ハヌマーンや神鳥ガルーダらと共にラーヴァナ軍と大戦争を繰り広げる、という壮大な物語だ。『プレーム兄貴、王になる』では、おそらく第2巻目「アヨーディーヤの巻」を匂わせている。
アヨーディーヤ国王が、3人いる妻の内、第一夫人の子であるラーマ王子に王位を継承させようとする。しかし、侍女がけしかけてラーマ王子を王室から追放させ、第二夫人の息子バラタ王子を王位につかせようとする。というのが「アヨーディーヤの巻」である。国王に3人の妻がいる点や家族構成などに『プレーム兄貴、王になる』との共通点が見られるのである。
ちなみに、スタジオジブリの名作『天空の城ラピュタ』(86)も、この「ラーマーヤナ」から大きな影響を受けている。
『プレーム兄貴、王になる』(C)Rajshri Productions (C)Fox Star Studios
『プレーム兄貴、王になる』本国インドでの予告編に現れるキャッチコピーは「Prem is back(プレームが帰ってきた!)」だ。監督のスーラジ・バルジャーティヤとサルマン・カーンはこれまで3本の作品でタッグを組み、その都度サルマンの役名を「プレーム」としてきたのだ。
1作目は監督のデビュー作で、サルマンにとっても主演としてのデビュー作。2作目『私はあなたの何?』(94)はインドで社会現象のような超大ヒットを記録したことでも有名な作品である。この大ヒット作は約3時間20分の大作なのだが、2時間ほど煌びやかかつ楽しい結婚式が続けられ、続いて30分ほど子供が生まれた喜びに浮かれて、残り50分でバタバタと物語を進める、という『マッドマックス 怒りのデスロード』(15)のカーチェイスの替わりに幸せなパーティーが続いているような凄まじい構成になっている。
スーラジ監督は64年生まれ、サルマン65年生まれで、お互いのデビュー作でタッグを組んだことや、特大ヒットを共に経験したことで、厚い信頼で結ばれており『プレーム兄貴、王になる』からは、その幸せな関係性が漏れ漂ってくるのだ。