2020.03.12
原始の叫び
エドガー・ライトは本作を、モラル・テールや成長譚などの寓意を持たせないように作ったそうだ。その言葉通り『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』は、その邦題に反し「酔っ払いが世界を滅ぼす」映画である。登場人物はわずかな成長すら拒否し、しかし奇妙な高揚感をもって幕を閉じる。
世界を統治し、逆らう者をロボット「ブランクス」に入れ替えた宇宙人「ネットワーク」は、地球の繁栄と発展を目指した善意による「侵略」だったと語るが、酔っ払ったゲイリーとアンディ、スティーブンは酔った勢いで拒否をする。「ネットワーク」が何を言ってもけんもほろろに(耳をふさぎ「わーわーわー!きこえなーい!」と)反論し続ける。「じゃあ、どうしたいんだ!」とキレる「ネットワーク」に対しゲイリーは切実にこう答える。
「オレたちは自由が欲しいんだ!やりたい事をやりたいようにやりたいんだ!酒を呑んで気分良く過ごしたいんだ!だから大酒喰らって、気分良く過ごすんだ!」
このやりとりはプライマル・スクリームの「ローデッド」の歌詞そのままである。
プライマル・スクリームはグラスゴー出身のバンドだが、ロックとダンスミュージックを融合させた「マッドチェスター」ムーブメントの影響下にいたバンドとして語られている。
「マッドチェスター」はマンチェスターを中心に発生したムーブメントで、70年代のヒッピー・ムーブメントから思想性を極限まで薄めたものを想像してもらえれば良いだろう。ドラッグとダンスで自我を解放し、ただただひたすら享楽的であろうといった、そりゃあ流行るのも致し方なしといった代物である。
ゲイリーは多感な青春期を「マッドチェスター」ムーブメントの渦中で過ごし、人生の指針としてしまっていたのだ。「ネットワーク」はついに諦める。与えてやった通信テクノロジーを地球上から全て取り上げ、文明を滅ぼし、立ち去っていく。
『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』(C) 2014 Universal Studios. All Rights Reserved.
荒野と化した世界。「ブランクスお断り」を掲げ、タトゥーだらけの屈強な強者たちがたむろしているパブにゲイリーが現れる。その顔からはヒゲが無くなっている。学生時代に退行しているのだ。しかも、最期のパブクロール中に羨望の眼差しで見つめた、不良学生の「ブランクス」たちを引き連れて。
ゲイリーはのっぴきならない空気の中、ブランクスたちの分も含めた5杯の水を頼む。これは、仕事終わりのロンドンのパブで水を頼む「勇気」を説いたアンディの影響だ。ゲイリーの死への渇望は絶えた。同時にアルコールへの渇望も消えた。学生時代に漠然と夢見ていた「無意味で野放図な生活」が送れる世界に変わったからだ。
そして、常に大多数の人々を困惑させる彼は、「世界」に「終わり」をもたらした嫌われ者のブランクスたちに寄り添い、反抗するために反抗し、気晴らしのために戦うのである。
ほんの僅かな成長にすら中指を立てて。
文: 侍功夫
本業デザイナー、兼業映画ライター。日本でのインド映画高揚に尽力中。
『ワールズ・エンド/酔っぱらいが世界を救う!』
4K Ultra HD+ブルーレイ:5,990円+税
Blu-ray: 1,886 円+税/DVD: 1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 2014 Universal Studios. All Rights Reserved.
※ 2020年3月の情報です。
(c)Photofest / Getty Images