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虚構の文脈で、現実を斬る――『新聞記者』が社会派映画にもたらした「若き感性」

虚構の文脈で、現実を斬る――『新聞記者』が社会派映画にもたらした「若き感性」


功を奏した、藤井監督の「若い」感性



 『新聞記者』を手掛けた藤井監督は、1986年生まれの若手実力派。伊坂幸太郎の小説を映画化した『オー!ファーザー』(14)で長編デビューを飾り、『光と血』(17)、『青の帰り道』(18)、『デイアンドナイト』(19)と、清々しい“生”と苦々しい“現実”のギャップを巧みに突いた作品作りで才気を発揮してきた。


 これまでのフィルモグラフィティやロックバンド「amazarashi」のミュージックビデオなどでも観られるように、現実世界に混在する「光」と「闇」のコントラストを映像に込めるなど、テーマ性に対するビジュアルセンスがずば抜けた人物でもある。



 元々、藤井監督は本作のオファーを2度断ったそうだが、結果的には彼の起用が作品に新鮮な“色彩”を足し、ここまでの反響を呼んだように感じている。画面に、従来の日本の社会派エンタメとは一線を画す「新しさ」が詰まっているからだ。藤井監督自身、プレス資料内で「シナリオに説明や補足を足したり、逆に映像で語る手法を考えたりして、より広い層からのアクセスを高めるのが僕の役割でした」と語っている。


 この言葉に象徴されるように、『新聞記者』には映像的な“実験”が多く詰め込まれている。従来の国産の社会派エンタメは、イメージとして“熱血漢”の作品が多かった。扱うテーマに対して真摯に描こう、メッセージ性を強めようと思うあまり、力が入りすぎてしまうのだ。それは決して間違ったアプローチではないが、観る者にとってややハードルが高かったのもまた事実。


 それに対し、藤井監督は画面に光と闇を常に共存させ、人物の立ち位置によって善人にも悪人にも見えるようなスタイリッシュな画面構成を行っている。また、Twitterの画面が部屋全体に広がっていくプロジェクションマッピング風の演出、真っ暗な部屋で、無数のモニターの光とキーボードをたたく音だけが響く内閣情報調査室の空間つくりなど、「リアル」からは逸脱した方法論を敢えて選択。「フィクション」としての様式美を追求している。つまり、身も蓋もない言い方をしてしまえば、藤井監督の画作りは究極的に「カッコいい」のだ。




 しかし、この冷静な温度感は、なかなかこれまでの同ジャンルの作品では醸し出せなかった部分。作り手がテーマに近づきすぎて距離感と熱量が近く・高くなりすぎるのは無理からぬ話で、例えばオリヴァー・ストーン監督の『スノーデン』(16)は日本の描写等、少々現在にアップデートしきれていない部分があった。今の感性を臆することなく持ち込み、常に冷静に“演出”を施す藤井監督の手腕とセンスは、驚嘆に値する。


 「作り手に年齢は関係ない」とはよく言うが、その年代にしか分からない“感覚”は確かにあるものだ。世界の監督を見渡しても、グザヴィエ・ドランや『WAVES/ウェイブス』(19)のトレイ・エドワード・シユルツは31歳、アリ・アスターは33歳、『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』(18)のボー・バーナムは29歳と、若い才能が自分たちの色を発揮しつつ独自の世界を作っている。オスカー獲得に近い位置にいるグレタ・ガーウィグですら、まだ36歳。デイミアン・チャゼルは35歳だ。(2020年4月現在)


 こうして見ると、ようやく『新聞記者』で“今の感性”を出すことが叶ったのかもしれない。86年生まれ(33歳)の藤井監督の色彩が88年生まれ(31歳)の松坂に伝播し、94年生まれ(25歳)のシムへと受け継がれていく。「年齢が上の人たちの関心ごと」という意識のある政治の世界を描いた映画で、若い年代が躍動する。その結果、同世代にも“分かる”作品が出来上がる。『新聞記者』が広く受け入れられた理由には、こうした要因も確かにあるだろう。



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