今の現実と完全にリンクした中盤以降
開始直後に主人公の家族が病死するというシリアスな展開で幕を開ける『コンテイジョン』。15分以降の展開は、もっと壮絶だ。
新型ウイルスによる一連の騒動を受け、CDCの医師エリス(フィッシュバーン)は職員のエリン(ウィンスレット)を調査のため派遣するが、エリンも発症して離脱。また、研究員のアリー(ジェニファー・イーリー)によって、ウイルスがブタとコウモリのDNAでできていることが突き止められるが、治療薬の生成は困難を極める。DHS(国土安全保障省)は、感謝祭を狙った生物テロではないかとの懸念を強め、さらに、著名ブロガーのアラン(ロウ)が「政府は真相とワクチンを隠している」と指摘し、感染者が拡大することで、混乱は暴動へと激化してしまう……。
『コンテイジョン』は、ミッチに代表される「市民」、アランが請け負う「インフルエンサー」、エリスやエリン、アリーといった「医療従事者」といった3者の目線で描かれており、それぞれの恐怖や焦燥、信念がぶつかり合う複合的な構造になっている。そしてその全てが、今やもう他人事とは思えない。
「市民」目線では、最初は学校の閉鎖程度だったが、事態が深刻化するにつれて食料や医薬品の強奪、暴動が発生。ミッチは妻を弔いたいと願うが葬儀場からは遺体を拒否され、ミッチが目を離した隙に車からガソリンを盗まれる始末。さらに、暴徒と化した市民がエリスの家に侵入し、政府が日用品の配給に乗り出すとあちこちで奪い合いが起き、物資を運ぶトラックに乗り込むなど阿鼻叫喚の地獄絵図に。
『コンテイジョン』(c)Photofest / Getty Images
状況が悪化すると、接触は禁止され、町は封鎖され、ゴーストタウンと化していく。そうして、全世界では2,600万人が死亡、つまり現時点での新型コロナウイルスの500倍を超す被害を出し、有史以来最悪の事態に……。
「インフルエンサー」目線では、遅々として進まない調査に不安を募らせた市民がアランのブログになだれ込み、彼が語る治療法を信じて薬局に殺到。暴動を深刻化させてしまう。さらにアランは、テレビ番組でエリスを名指しで批判し、“信者”からは救世主扱いをされるようになるが、一方で混乱を招く結果を招く。
本作はFacebookやYouTubeが断片的に登場する程度だが、SNSが日常生活にコネクトした今、1人ひとりの持つ発信力は諸刃の剣だ。先の「買いだめ」「爆買い」問題など、映画と完全にリンクした騒動といえよう。
「医療従事者」目線だと、エリンの「人間は普通、1日に2,000~3,000回顔を触る」というセリフや、「R-0」と呼ばれる「1人が感染した場合、何人に二次感染させる恐れがあるか(季節性インフルエンザは約1人。痘瘡は3人以上)」の指標の説明など、我々にとって有益な情報が多く描かれていく。
ただ同時に、浮き彫りになるのは「現場の限界」。新型コロナウイルスに医療従事者が感染してしまうという痛ましい事態が頻発しているが、劇中のエリンがたどる運命はまさにそれ。また、医療従事者がストを起こし、病院に行っても診てもらえない状況にもなる。加えて、患者用のベッドが足りなくなってしまい床に寝転がされたり、環境はどんどん劣悪に……。
また、アリーの「今、有効なワクチンを見つけても人間の治験に数週間かかる。その後、許可や承認を経て製造や流通には数か月が必要。予防接種の徹底にさらに数か月。死者が増える一方よ」というセリフからは、劇中の切迫具合が推しはかられるとともに、我々に待ち受けている“永い闘い”をも予感させる。
新型コロナウイルスは、いつ終わるのか……私たちの中にある淡い希望をむしり取るような展開は、60~70分以降に待ち受ける「未来」のシーンで明らかになっていく。