尖った演出
その意味で、この映画版も原作の雰囲気を活かして、非常に硬質な演出が施された。実はこの作品に限らず、70年代前半はSF映画が興行的に低調だった一方で、尖った作品が数多く生まれている。
例えば、『地球爆破作戦』(70)や『THX-1138』(71)、『時計じかけのオレンジ』(71)、『惑星ソラリス』(72)、『スローターハウス5』(72)、『フェイズⅣ 戦慄! 昆虫パニック』(74)、『未来惑星ザルドス』(74)、『地球に落ちて来た男』(76)などがそうだ。個々の作品の評価は別として、けっして大衆に媚びない姿勢がこの時代にはあった。
『惑星ソラリス』予告
その意味で今回の『アンドロメダ...』も、「死体が積み上げられて燃やされる」とか「逃げ惑う人々が苦しみながら倒れて行く」というような、分かりやすいパニック描写は一切ない。もちろんピードモントの村には、多数の死体が転がっているのだが、時間が止まったシュルレアリスム絵画のような、非常に静的な絵づくりだ。
そしてコンドルが死体をついばんでも、一滴の血すら流れない。その理由は、未知の病原体(後に「アンドロメダ病原体」と命名される)が、一瞬にして動物の血液を凝固してしまう性質(*4)があるためだと判明する。この映画を最初に観た時、筆者はまだ小学生だったが、メスで切った死体の手首から、血液が砂のように流れ出るシーンの恐怖は鮮明に覚えている。
*4 原作によると、アンドロメダ病原体は血管壁を攻撃し、肺や脳から出血を起こして急速に凝血させると説明されている。凝固の速度は異なるが、新型コロナウイルスも血管内壁を傷付ける特徴があり、その結果として血栓が作られると考えられている。また、その血栓が、深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症、脳梗塞、心筋梗塞、多臓器不全などを引き起こす可能性が報じられている。
リアリティある配役
登場人物は、冒頭と中間部に軍隊や政治家が出てくるも、ドラマの大半は病原体の正体を突き止める4人の科学者、ジェレミー・ストーン博士(アーサー・ヒル)、チャールズ・ダットン博士(デヴィッド・ウェイン)、マーク・ホール医師(ジェームズ・オルソン)、ルース・リーヴィット博士(ケイト・リード)(*5)が中心で、後は彼らの助手と、ピードモントから救出されたジャクソン老人(ジョージ・ミッチェル)と赤ん坊だけとなる。
しかもその舞台は、ネヴァダ州フラットロックの砂漠の地下深くに設けられた、ワイルドファイア研究所がほとんどで、職員の数も非常に少なく、生活感などはまったくない。
ちなみに原作のダットン博士に相当するキャラクターは、何かとだらしないチャールズ・バートン博士になっている。映画では非常に真面目だが、生物のサイズは大きいほど高等という偏見に対し、微生物サイズの地球外知的生命体の可能性を語る、異端の学者として描かれた。
『アンドロメダ...』(C) 1971 Universal Pictures. All Rights Reserved.
また原作のリーヴィット博士は、優秀な男性の微生物学者だった。しかし脚本家のネルソン・ギディングは、配役に多様性を与えるため、謎めいた過去(劇中で「娼婦だった」とか「前科がある」などと語っている)を持つ、偏屈な女性科学者に変更した。さらに劇中でリーヴィット博士は、「ことごとく意見が違うわね」と几帳面過ぎるストーン博士に文句を言うが、これは原作のバートン博士の設定でもある。
またキャスティングされたのは、ほとんどが無名の俳優である。ヒルとリードは主にカナダの舞台を活躍の場としており、ウェインは『ジェニーの肖像』(48)や『百万長者と結婚する方法』(53)などに出演した経験があるものの、メインはブロードウェイやテレビだった。さらに、本作では主演のオルソンも舞台出身で、映画には『虎鮫作戦』(56)や『宇宙船02』(69)などのB級作品しか出ていない。これが結果として、映画のリアリティ向上に大きく貢献している。
*5 ケイト・リードは、遺伝子操作されたM3という細菌が研究所から流出し、パンデミックを巻き起こすというカナダのSF映画『Plague』(79)でも、ジェシカ・モーガン博士を演じている。