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劇場版『スター・トレック』を生んだ特撮スタッフの奮闘と彼らが残したもの 後編

(c)Photofest / Getty Images

劇場版『スター・トレック』を生んだ特撮スタッフの奮闘と彼らが残したもの 後編


 公開から40年を超えた劇場版『スター・トレック』第1作。だが3,500万ドルの製作費に対し、8,260万ドルの興行成績しか上げられず、内容面でも厳しい評価が多かった。次の『スター・トレックII カーンの逆襲』(82)での挽回がなかったら、劇場版シリーズは続かなかった可能性もある。そんなイマイチ不人気な第1作であるが、「実はSFとして高い志を持っていた作品」と評価される声もある。


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ダグラス・トランブルの参加



 視覚効果を依頼されていたロバート・エイブル&アソシエイツ(以下RA&A)の降板で、『スター・トレック』の制作は暗礁に乗り上げてしまった。そこで事実上のプロデューサーを務めていたジェフリー・カッツェーバーグは、一度は断られたダグラス・トランブルを再度視覚効果スーパーバイザーに選ぶ。


 実はトランブルは、1978年8月の時点である条件が満たされれば、自分たちが視覚効果を請け負っても良いという提案を出していた。彼は、前任のパラマウント社長であったフランク・ヤブランズに気に入られ、次世代映画システムを開発する企業としてFGCを設立。その際にパラマウント・ピクチャーズと、その親会社であるガルフ・アンド・ウェスタン・インダストリーズ(G+W)が全額出資したため、これが足枷となって身動きが取れなくなっていたのである。


 前回『スター・トレック』の依頼を断った際に、FGCの全ての機材が没収され、RA&Aに提供されてしまっていた「これらの機材を戻す」ことと、「十分な予算を与える」「映画完成後に契約解除してFGCを閉鎖する」というのが、トランブルの出した条件だった。その時点ではパラマウントがまだ危機感を感じていなかったため、この提案を却下していたが、今回ばかりはさすがにOKを出す。



 また前回の依頼時は、まだ未確定だった監督がロバート・ワイズに決まったことも大きく関係している。トランブルは28歳の時、ワイズ監督に『アンドロメダ…』(71)の視覚効果監督として採用してもらった経験があり、彼にはその恩もあったのだ。



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