2020.07.02
グローバルな感覚を先取りしたオムニバス映画
ジャームッシュがこの映画の前に撮ったのは『ミステリー・トレイン』。エルヴィス・プレスリーの聖地、メンフィスにあるホテルが舞台。ここにやってきた3組の国籍が異なる旅人をとらえた3話のオムニバス映画である。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』もオムニバス映画だが、今度は舞台を世界に広げ、世界の5つの都市(ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ)で同時進行中のささやかな事件を見つめる。主人公はいずれもタクシーの運転手。
世界中の同じ瞬間(といっても、時差があるので、国によって時間は異なる)に起きていることを見せる構成は現在のツィッターを先取りした感覚ではないだろうか?
ジャームッシュは、文明批評的な視点を持っている監督だが、世界を見つめる彼の眼差しが、実は少し時代の先を行っていた気がする(だから、今も監督として生き残っていけるのだろう)。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』(c) 1991 Locus Solus Inc.
彼は世界中を旅することを好んでいて、若い時はアメリカを離れ、パリに住んでいたこともあった。そうした旅人としての経験が反映された企画でもあるのだろう。
監督自身によると、この映画のヒントになったのは、ウィリアム・フォークナーの小説「野生の棕櫚」(発表は1939年)だという。
「彼はまったく異なる内容のふたつの小説を書き上げ、編集者に見せた。その時、こう言われたそうだ。『ビル、うちは1本のきちんとした長編小説がほしい。でも、君が持ってきたのは2本の短編だ。これでは売り物にならないよ』。そこで彼はそのふたつの短編を組み合わせ、1本の長編にすることを考えついた」(93年2月、ミネアポリスの”Walker Art Center”で行われたジャームッシュ回顧上映会でのインタビューより)
さらにチョーサーの14世紀の「カンタベリー物語」や同じく14世紀に書かれたボッカッチョの「デカメロン」、小林正樹監督の4話仕立てのオムニバス映画『怪談』(65、小泉八雲原作)、イタリアの軽めのコメディ映画など、複数の物語からなる構成の作品も意識したという。