2020.07.02
トム・ウェイツの音楽&フレドリック・エルムスの撮影
出演者として顔を見せていないが、ジャームッシュ組としてひそかに存在感を発揮するのが、オリジナル音楽担当のトム・ウェイツだろう。
最初に流れる「バック・イン・ザ・グッド・オールド・ワールド」と最後の「グッド・オールド・ワールド」。この2曲、実は途中までほぼ同じ歌詞だが、まるで異なる曲調になっているのがおもしろい(こうしたナンバーはトムのパートナーであるキャサリン・ブレナンとの共作)。
トムは映画全体に流れるインストルメンタルも担当しているが、どこかサーカス的な感覚(時には日本のチンドン屋風のアレンジもあり)が漂い、地上の人間たちのおかしさを音で見事に表現している。
『ダウン・バイ・ロー』では主演のひとりを演じ、既成曲も提供していたトムが、今回は書き下ろしの音楽で自身の個性を発揮し、映画に奥行きを与える(特にエンディングの「グッド・オールド・ワールド」は味のある名曲)。
俳優としては『コーヒー&シガレッツ』や最新作『デッド・ドント・ダイ』にも出演していたが、彼がジャームッシュ映画に参加すると、街の裏側を知りつくした人物ならではの、笑いの感覚が発揮される。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』(c) 1991 Locus Solus Inc.
撮影監督をつとめたのがフレドリック・エルムスで、ジャームッシュとは、この映画で初顔合わせになった。『ブルー・ベルベット』(86)等のデイヴィッド・リンチ作品や『リバース・エッジ』(86)などの撮影が気にいって監督は彼を起用したという。
それぞれの挿話の最初の部分に都市の風景がスナップ写真風に映し出されることで、その土地固有の個性が伝わる(ちょっとさびれた、裏通りにあるような風景が選ばれている)。
夜間撮影が多い点は『デッド・ドント・ダイ』と通じる。ジャームッシュとは、これまで5本組んでいて、他に『コーヒー&シガレッツ』、『ブロークン・フラワーズ』(05)、『パターソン』(16)などにも参加。
モノクロ映像にこだわる時は、ロビー・ミューラー(『ダウン・バイ・ロー』『デッドマン』)、カラー作品の時はエルムスがいい仕事をしている。
ジャームッシュは自然なスタイルを貫きながらも、実はカメラ・アングルにもこだわりが見える。そんな彼の映画作りは、やはり、気心の知れたスタッフたちがいてこそ、成立するのだろう。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』は地球規模で街の裏側を見つめた都市映画で、ジャームッシュ版『タクシー・ドライバー』ともいえる作品だ。地上には幸と不幸があり、次の通りに何が待っているのか予測不能。でも、どんなに不運な夜に思えても、やがては朝が訪れる。それぞれの「ちょっとツイてない1日」を通じて、地上のそんな時の流れが見えてくる。
文:大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。
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(c) 1991 Locus Solus Inc.