(c)1960-2019 The Bert Stern Trust All Rights Reserved.
『真夏の夜のジャズ』気鋭のフォトグラファーが撮りきった、伝説のジャズフェス。
多彩な選曲②~サッチモとマヘリアでクライマックスへ
R&B系のシンガーとしてパワフルな歌声を聞かせるのが「アイ・エイント・マッド・アット・ユー」のビッグ・メイベル・スミス(1924~1972)。
その後、“ロックンロールの神様”と呼ばれるチャック・ベリー(1926~2017)が登場。ギターを弾きながら「スウィート・リトル・シックスティーン」を歌い、お得意の“ダックウォーク”を見せる。ジャズ・フェスの中では異色の人選で、50年代がロックンロールの時代だったことも思い起こさせる。彼自身のドキュメンタリー映画としては後にテイラー・ハックフォード監督の『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』(87)も作られている。
10番目に登場するのはウエストコースト・ジャズを代表するドラマー、チコ・ハミルトン(1921~2013)率いるクインテットで、代表曲「ブルー・サンズ」を披露。フルート(エリック・ドルフィー)の音も印象的で、そのクールな雰囲気が夏の夜にぴったりだ。ハミルトンはバート・ランカスター主演の『成功の甘き香り』(57)のサントラにも参加、ロマン・ポランスキー監督の『反撥』(65)の音楽も担当している。
また、この映画にはクインテットのチェロ担当のネイサン・ガーシュマンが室内でバッハの「無伴奏チェロ組曲1番」を弾く場面もあるが、たばこの煙が効果的に使われ、スターンの映像センスの良さがさりげなく発揮されている。
『真夏の夜のジャズ』(c)1960-2019 The Bert Stern Trust All Rights Reserved.
11番目に登場するのはサッチモこと、ルイ・アームストロング(1901~1971)。司会者が「この町は君のものだ」と言うが、この夜のパフォーマンスは見る人すべてを魅了する力があり、国民的なエンターテイナーとしての底力を見せつける。「レイジ―・リヴァー」、「タイガー・ラグ」、「ロッキン・チェア」(ジャック・ティーガンとのデュエット)、「聖者の行進」の4曲を披露する。ジャズの歴史を変えた天才的なトランペット奏者&シンガーとして知られるサッチモだが、そのくるくると変わる表情が楽しい。彼の登場後、観客たちが大きな幸福感に包まれる様子が客席からも伝わってくる。サッチモは他に『グレンミラー物語』(54)や『ハロー・ドーリー!』(69)等の映画にも出演している。
そして、最後に登場するのがゴスペル界の大物で、社会的な活動家としても知られるマヘリア・ジャクソン(1911~1972)。「神の国を歩もう」、「雨が降ったよ」、「主の祈り」の3曲を歌い、圧巻のパフォーマンス。どこか敬虔な気持ちにもさせられ、まさにトリを飾るにふさわしい(現在ハリウッド映画界ではマヘリアの伝記映画の製作も進んでいて、歌手のジル・スコットが主演する)。
太陽の光に包まれた明るい時間帯に始まり、最後は夜へと向かうコンサート。最初は控えめだった観客の反応が次第に熱を帯びていき、後半は大きな声援を送り、リズムに乗りながら踊る。舞台の歌声だけではなく、そんな観客の変化も楽しめる構成になっていて、ライブ会場の興奮が視覚的にも伝わる。
その後の『ウッドストック』あたりになると、ヴェトナム反戦&ヒッピー時代の産物ゆえ、観客の反応はもっとワイルドだが、『真夏の夜のジャズ』の観客たちはどこかクールで、服装も品がいい。中には意図的にサクラを仕込んだのではないかと思えるほどおしゃれな観客もいて、“動くファッション誌”に思える場面もあり。そのスタイリッシュな映像の中に写真家だったスターンのこだわりが出ているのだろう。
それぞれのミュージシャンの顏の撮り方も独特で、その人物の存在が見る人に迫ってくる。また、メタリックなマイクの映し方にまで不思議な美意識が感じられる。既成の映画監督ではなく、あえて異業種の人間が撮ることで、音楽映画に新鮮な風が吹いた。製作から60年が経過してもその鮮度は失われていない。
文:大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。
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2020年8月21日(金)より、角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
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