『未来世紀ブラジル』誕生のきっかけとなったギリアムの突発的インスピレーションと名曲の調べ

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2020.08.26牛津厚信

名優デ・ニーロが出演した経緯とは？

　ちなみに、本作には管理社会に反旗をひるがえす配管工役としてロバート・デ・ニーロが出演している。なぜこんな大物がエキセントリックな脇役出演を引き受けたのだろうか。

　手元にある書籍を紐解いてみると、そこではプロデューサーのアーノン・ミルチャンという人物が仲介にあたったことが記されている。

　ミルチャンといえば、イスラエル出身のプロデューサーながら、デ・ニーロと『キング・オブ・コメディ』（82）や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』（84）で組み、当時から利益よりも創造性を優先させるタイプの作り手として評価を得ていた人である。ただし、やんちゃな一面を併せ持ち、知人の多くはギリアムに「あいつには関わるな」と忠告していたとか（'13年、ミルチャンが長年、イスラエルの情報機関の手先として武器調達に関わっていたことが判明した／＊参照1）。けれどお互いにハグレ者同士なところが気に入ったのか、彼らは意気投合し、一緒に映画を作ることとなる。

　そうやって『ブラジル』の製作が進められる中、アメリカ国内の配給権を持つユニバーサルが、知名度の低い役者ばかりの現状に不満を呈して「アメリカ人俳優を参加させるべき」と要求。ミルチャンにはプロデューサーとしてこれに応える責務があった。それでふと周囲を見回した時、浮かんできたのがデ・ニーロという選択肢だ。

　彼ほどのビッグネームであれば誰も文句はあるまい。具体的な役を決めるにあたってギリアムはデ・ニーロに「時には単純な役を演じてみるのも面白いのでは？」と提言したそうだ。それが殺し文句になったのかどうかはわからないが、意外にもデ・ニーロは配管工タトルとしてのオファーを承諾してくれた。

　とはいえ、他の出演者とは全く違うアプローチを採る彼の投入は少なからず現場を困惑させた。とにかくデ・ニーロの役作りは徹底していて、ギリアムが「この人物は配管工でありながら、まるで外科医のような奴なんだ」と口にしたのをきっかけに、彼は脳外科医のところへ出向き、脳手術を見学したりもしたという。他にも、一般的な俳優なら3、4テイクで済むところを、デ・ニーロだけは30カット以上重ねたりも…。真面目なのか、それとも、ただのやりすぎなのか。

　彼にとって、ギリアム世界へ身を投じることは、ハリウッドの中だけでは得ることのできないエキサイティングな経験だったろうし、ギリアムにとってもこの名優の起用はおっかなびっくりの、時に頭を抱えたくなるような瞬間の連続だったはず。両者ともに様々な思惑があったにせよ、結果的にこの未知との遭遇が映画をより「得体の知れないもの」へ深化させたのは間違いない。

　のちにギリアムがユニバーサルと場外乱闘を繰り広げる際には、マスコミ嫌いで知られるデ・ニーロが一緒になってアメリカのTVのトーク番組に出演し、ギリアムを擁護してくれたという。これがどれほどの心強さとなったことか。二人の間には思った以上に特殊な絆が生まれていたのかもしれない。そういった製作背景を想像しながら本作と真向かうと、少ない出演時間ながらデ・ニーロ色が鮮明に際立ち、これまでとは違ったまた味わいがこみ上げてくるのである。

参照1)

"Hollywood producer Arnon Milchan says he spied for Israel"（BBCの記事）

参考資料）

「テリー・ギリアム／映画作家が自身を語る」（1999／フィルムアート社）イアン・クリスティ著、廣木明子訳

「テリー・ギリアム映像大全」（1999／河出書房新社）ボブ・マッケイブ著、川口敦子訳

「ロバート・デ・ニーロ／挑戦こそわが人生」（1997／共同プレス）ジョン・パーカー著、中神由紀子訳

『未来世紀ブラジル』ブルーレイ収録「メイキング：『ブラジル』って何？」

文：牛津厚信　USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。３歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。

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