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『スペース カウボーイ』一筋縄ではいかない不良老人たちのアメリカン・ドリーム

(c)Photofest / Getty Images

『スペース カウボーイ』一筋縄ではいかない不良老人たちのアメリカン・ドリーム

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神の不在を描いてきたイーストウッド映画における“牧師”の役割



 だが筆者的は、どーにもこーにもジェームズ・ガーナー演じるタンクが気になるのだ。マッチョイズムを撒き散らすフランクやホーク、レディキラーぶりを発揮するジェリーとは異なり、タンクは“非イーストウッド的”と言っていいくらいに温和な平和主義者。おまけに彼はキリストの教えを説く牧師という役どころだ。


 イーストウッド映画において、神は決して世界を救済する存在ではない。『ダーティハリー』では、教会や十字架などのキリスト教的モチーフが幾度となく登場するが、神は悪に対して“沈黙”を守るのみ。審判を下さない神に代わって、法の番人ハリー・キャラハンが凶悪犯と対決するという構図になっている。




 『ミスティック・リバー』(03)では、少女の死体発見シーンと初聖体のシーンをカットバックで繋ぐことで神の不在が強調されていたし、『ミリオンダラー・ベイビー』(04)では、神を呪うセリフがイーストウッドの口から飛び出していた。この不浄の世界において、信仰は無力でしかない。


 ところがジェームズ・ガーナー演じるタンクは、驚くほど無邪気に、驚くほどアッケラカンと神に助けを求める。宇宙へ出発する直前には「神よ、しくじりませんように、アーメン」と祈り、ロシアの通信衛星をアームで捕獲する際には「恵みあふれるマリアさま」と呟く。これほど直裁に、神への加護を求めたイーストウッド映画があっただろうか?世界は愛と光に満ちている。


 『スペース カウボーイ』は“イーストウッド的”キャラが4人に分割されたのではなく、“イーストウッド的”キャラ3人+“非イーストウッド的”キャラ1人という配置にすることで、他の作品にはないほのかなペーソスとユーモアが増すことになったのだ。



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