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『ヤクザと家族 The Family』移ろう時代、揺らがぬ絆。藤井道人、監督人生10年の到達点

(c)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

『ヤクザと家族 The Family』移ろう時代、揺らがぬ絆。藤井道人、監督人生10年の到達点

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やくざ映画と社会派映画を見事にブレンド



 我々日本人が、いやひょっとしたら世界中の人々が持っていた「ヤクザ」という“概念”は、この作品を境に一新されるのではないか――。藤井道人の映画監督生活10年間の結晶である『ヤクザと家族 The Family』(2021年1月29日公開)は、それほどの可能性を秘めた野心作だ。


 本作は、1999年、2005年、2019年の3つの時代を軸に、極道の世界に足を踏み入れた男の壮絶な人生を描くサーガ。証券マンだった父親が覚せい剤にハマって死亡し、天涯孤独の身となった青年・山本(綾野剛)。行き場のない怒りを抱えた彼は、悪友たちと共に覚せい剤の密売人を襲撃し、地元の過激派ヤクザ・侠葉会の逆鱗に触れてしまう。侠葉会の構成員に拉致された山本たちは、顔が腫れるほど殴られ蹴られ、虫の息に……。


 だがそのとき、たまたま持っていた柴咲組の名刺が、彼らの命を救う。山本は以前、行きつけの食堂で柴咲組組長・柴咲博(舘ひろし)をチンピラから救った縁で、名刺を受け取っていたのだ。ボロボロになった山本を迎え入れた柴咲は、父を死に追いやったヤクザを憎む彼の気持ちをすべて汲み取ったうえで、こう提案する。「家族になるか?」と――。かくして、新たな“親父”と出会った山本は、ヤクザとして第2の人生を歩み始めるのだった。



(c)2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会


 以上が、ごく簡単な第1章(1999年)の概要だ。本作はその後、ヤクザが全盛期だった第2章(2005年)、暴対法(暴力団対策法)の施行によりヤクザが弱体化した第3章(2019年)へと移っていく。「反社(反社会的勢力)」と蔑まれ、携帯電話の契約や銀行口座の開設すらスムーズに行えないほどに立場を追われてしまった“家族”たちは、どこへ行くのか。


 本作の主軸がどこにあるのかといえば、やはり第3章だろう。第1章・第2章で描かれる山本のヤクザ人生は、第3章への助走であり、起爆剤。柴咲との親子のドラマが感動的であるほど、山本がヤクザとして覚醒すればするほど、“その後”が残酷に光り始める。時代に人権をむしり取られたヤクザたちは、どう生きていくのか? この辺りは、共に異なるベクトルで「社会」に根差した物語を紡ぎ続けてきた藤井監督、制作・配給会社スターサンズの真骨頂といえるだろう。


 ただ、『ヤクザと家族 The Family』が実に興味深いのは、第1章・第2章を“ダシ”として消費せず、あるいは第3章の「問題提起」を投げっぱなしにもしないということ。最終的にやくざ映画と社会派映画の2色がブレンドされ、圧巻のフィナーレへと到達する。要は、現実的な要素を織り交ぜつつも、映画としてのカタルシスを、最後にきっちりと感じさせるつくりになっているのだ。


 ウェイトとしては第3章が厚めだが、ラストは第1章・第2章のエッセンスが加えられる構成の妙。ここが非常に効いているため、説教臭さから離れ、かといって荒唐無稽な話にもなっていない。虚構性の高いエンターテインメント、事実を記録したドキュメンタリー……。そのどちらにも与せず、ただし観た者を他人のままでは放置してくれない。目を背けずに社会とコネクトした物語を、ゼロ距離まで突き付けてくる。実に恐ろしい作品だ。奇跡的なバランスをものにしてみせた藤井監督をはじめとする面々の手腕は、驚嘆に値する。




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