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『スキャナーズ』作家性と大衆性を融合させたクローネンバーグのターニングポイント

(C) 1980 Filmplan International Inc. All rights reserved

『スキャナーズ』作家性と大衆性を融合させたクローネンバーグのターニングポイント

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融合するクローネンバーグの世界



 デヴィッド・クローネンバーグ作品の多くは「融合」が重要なキーワードになる。『シーバース/人喰い生物の島』は人間と寄生虫が融合したことで起こる恐怖を描いている。続く『ラビッド』は人工皮膚移植を移植したことで謎の器官が出現する。『ヴィデオドローム』では衛生中継された謎のポルノ映像をきっかけに現実がいびつに変異し、手と拳銃が融合してしまう。『ザ・フライ』は『蝿男の恐怖』のリメイクで人間とハエが遺伝子レベルで融合してしまう。


 ホラーやSFのようなジャンルから離れた近年の作品でもその傾向は見られる。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)は平穏な生活を送る元ヤクザ。『イースタン・プロミス』(07)では、強面なヤクザが実は…… と、両作共に2つの属性を「融合」させた人物が登場する。


 物語上、それら「融合」は恐怖や困難をもたらすのだが「融合」それ自体は非常に官能的に描かれている。『シーバース/人喰い生物の島』(75)では寄生された人々は理性を失いセックスを求めるし、『ラビッド』(77)では異性を誘惑し、男性器に似た器官で相手を襲う。『ヴィデオドローム』(83)はそもそものきっかけがポルノ映像だし『ザ・フライ』ではハエとの融合を受け入れ、本能のまま子孫繁栄を目論む。


 また、初期の作品に特に顕著なのだが、主人公は皆クローネンバーグにどことなく似ている。クローネンバーグは今でこそ銀髪だが、若い頃は暗い色の髪で、鼻の高い面長。黒フチ眼鏡がインテリジェンスを漂わせ、長身の艶っぽい出で立ちの人物だ。初期作品のメインキャラクターたちも似たルックスを持ち、決して殴り合いで危機を突破しそうにない俳優が選ばれている。登場人物に自身を投影し、現実には叶わない官能的な「融合」の夢を見ていたのではないだろうか。



『スキャナーズ』(C) 1980 Filmplan International Inc. All rights reserved


 さて。『スキャナーズ』だが、ベイルを演じるスティーヴン・ラックはやはり暗い色の髪、面長、高い鼻の持ち主で憂いを漂わせた柔らかな印象のある、クローネンバーグ的な俳優だ。映画のラスト近く。レボックはベイルに生き別れた兄弟だと告げ「スキャン能力で一緒に世界を手中に収めよう」と懐柔を試みるが、叶わないと知ると「お前の能力を吸い取り、1つになってやる!」とベイルをスキャンし始める。ベイルもレボックへの反撃のスキャン攻撃を始める。


 互いの血管が膨張し、皮膚の下をヘビのように血液がうねり、沸騰し、遂には火を吹いて燃え上がる。本来動きとして表出されない脳の中へのスキャン攻撃を視覚的に表現する「概念の具象表現」は『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(79)でも顕著なクローネンバーグ的な演出だ。


 レボックとベイルの戦いは、奇妙な「融合」で終焉を迎える。戦いが行われた部屋の傍らには燃え尽きて炭化し、誰とも判別できない死体。その奥に、ベイルのコートを頭からかぶったレボックが、しかしベイルの声で「我々は勝利した。」と言う。そのひたいからはレボックが自分で空けた傷が無くなっている。


 レボックとベイルの兄弟が渾然と混ざり合って「融合」しているラストは、後に『戦慄の絆』(88)でも繰り返される、実にクローネンバーグ的な展開である。




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