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『悲しみよこんにちは』意図せず重なってしまう、ジーン・セバーグとフランソワーズ・サガンの人生

(c)Photofest / Getty Images

『悲しみよこんにちは』意図せず重なってしまう、ジーン・セバーグとフランソワーズ・サガンの人生

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天使の顔:クレショフ効果



 「ものうさと甘さが胸から離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのを、わたしはためらう。」(「悲しみよこんにちは」フランソワーズ・サガン)


 フランソワーズ・サガンが18歳で書いたデビュー作「悲しみよこんにちは」の書き出しと、同じ頃ジーン・セバーグが残した未完の詩が重なっていることに驚く。セシルカットで一世を風靡した本作のジーン・セバーグと、撮影現場にも来ていたフランソワーズ・サガンの二人の写真が放つ同世代のアイコンの共鳴を振り返ったとき、『悲しみよこんにちは』の歴史的必然を感じずにはいられない。


 フランソワ・トリュフォーは、ジーン・セバーグを「新時代の映画の女神」と評した。そして、『悲しみよこんにちは』のジーン・セバーグのスチールは、カイエ・デュ・シネマの表紙を飾ることになる。小さなキャプションには次の文言が記されている。「フランソワーズ・サガンは『天使の顔』を見ていたに違いない!」。『天使の顔』(52)は、オットー・プレミンジャーの演出により、ヒロイン(ジーン・シモンズ)の表情から心(犯罪に至る強い動機)を読みとらせない、サスペンス映画の傑作だ。


 『悲しみよこんにちは』に感銘を受けたジャン=リュック・ゴダールは、自作『勝手にしやがれ』(59)を、『悲しみよこんにちは』の続編として位置付ける(『悲しみよこんにちは』のラストショットから”3年後”という字幕を入れれば『勝手にしやがれ』になるとゴダールは言及している)。ゴダールが後年、『勝手にしやがれ』をルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」の横に置きたいと位置付けたことも併せて、これらの発言は示唆に富んでいる。では、ゴダールは『悲しみよこんにちは』の少女セシル=ジーン・セバーグの何に魅せられたのか?



『勝手にしやがれ』予告


 セシルが男性の肩に手を回しながら踊るシーンにおける、カメラを虚ろに見つめ続けるジーン・セバーグのまなざし。感情を特定させないセシルの虚ろな表情。映画作家マーク・ラパポートは、『ジーン・セバーグの日記』(95)の中で、その無表情の視線の行方について、クレショフ効果と結び付けている。


 サイレント映画の大傑作『ボリシェヴィキの国におけるウェスト氏の異常な冒険』(24)で知られるロシアの映画作家・映画理論家、レフ・クレショフの実験であるクレショフ効果とは、無表情の俳優のクローズアップに、それぞれ別の映像を編集でつなぎ、観客が俳優の無表情に何を感じるかを試す実験である。俳優の視線の先にあるものを次々に変えていく、このモンタージュの実験で、観客は編集でつながれた先の対象が何かによって、俳優の無表情に感情の意味付けをしていくことが証明される。


 『悲しみよこんにちは』のセシルの無表情の視線の先には何があったのか? それはフランソワーズ・サガンが、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのをためらった感情であり、観客を宙吊りにする感情、まだ名前のない感情のことなのだろう。




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