『奴らは群がり寄ってくる』
『クリープショー』は、ホラーコミック雑誌へのトリビュートとしての狂騒的なイメージとは裏腹に、スティーブン・キングによる優れた人物描写と、ジョージ・A・ロメロによる卓越した演出と作劇で、成熟した大人の娯楽作として結実している。
また、第1話『父の日』で奇妙なダンスを披露する脇役に徹したエド・ハリス。第2話『ジョディ・ベリルの孤独な死』のスティーブン・キングによる大仰な田舎者訛りの演技。第3話『押し寄せる波』でのキャリアをコメディ俳優に振り切る直前のレスリー・ニールセンのクールな悪党ぶり。第4話『箱』ハル・ホルブルックの気弱な様子とエイドリアン・バーボーのガサツっぷり。などなど俳優陣のアンサンブルも見所だ。
しかし、それら全てを打ち遣ってしまうパワーを持っているのがラストを飾る第5話『奴らは群がり寄ってくる』だ。高圧的で潔癖症の会社経営者がゴキブリの群れに殺される。という、本当にただただそれだけの話だが、そんな単純な話の中にキングは秀逸な比喩表現を孕ませている。
『クリープショー』© 2018 Paramount Pictures.
高層マンションに住む会社経営者にとって自分以外の人間は、窓から街を見下ろした時に見える行き交う人々の大きさ同様、虫ほどの存在でしかない。企業買収によって自殺した男の存在も、虫が死んだ程度にしか気にかけていない。自殺した男の妻からの呪いの言葉も、やはり虫の羽音程度にしか気にならないのだ。
呼びつけた害虫駆除業者も黒人と見るや「虫」同様の扱いで部屋には一歩も入れない。帰った後には「色付きめ!(Colored !)」と悪態をつく。会社経営者はエリート主義で人種差別主義者であり、人間を虫ケラのように扱うのだが、最後に虫ケラそのものに殺される、という皮肉になっているのだ。しかし、そんな文学的な比喩表現も、ゴキブリの大群を前に吹き飛んでしまう。
キングの書いた脚本では、緑豊かな敷地に建つ瀟洒な豪邸を設定していたが、ロメロの判断で高層マンションの一室、飾り気の無い真っ白な部屋に設定が変更された。その判断の優秀さは、真っ白な部屋を埋め尽くす茶褐色のゴキブリたちの色彩のコントラストが証明しているだろう。『クリープショー』5つの話の中で、一番製作費がかかったのがこの『奴らは群がり寄ってくる』のゴキブリだそうだ。1匹50セント。全部で12万5千ドルかけたというから、単純計算で25万匹のゴキブリを集めたことになる。
この最終話は作品全体の印象を刷新してしまい『クリープショー』と言えば「あぁ、あのゴキブリの!」と誰もが記憶してしまう。しかし、このキャッチの良さが功を奏し、アメリカでは公開週興収1位を記録するヒットを飛ばす。興行的な成功で、続編が企画され3作目まで作られたが、やはり大量のゴキブリのインパクトを超えることは無かった。
今でも『クリープショー』と言えば、この最終話のインパクトは無視出来ない存在感を放っているが、その中にさえスティーブン・キングの複雑な人間描写や、ジョージ・A・ロメロの卓越した演出、トム・サヴィーニのプラティカル・エフェクトの見事な造形物が存在していることに、改めて注目したい。
文:侍功夫
本業デザイナー、兼業映画ライター。日本でのインド映画高揚に尽力中。
『クリープショー』(スペシャル・プライス)
ブルーレイ ¥3,000(税抜)/DVD ¥2,000(税抜)
発売元:復刻シネマライブラリー
販売元:復刻シネマライブラリー
© 2018 Paramount Pictures.