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『アメリカン・ユートピア』デイヴィッド・バーンとスパイク・リーが示唆する“ユートピア”とは?

©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED

『アメリカン・ユートピア』デイヴィッド・バーンとスパイク・リーが示唆する“ユートピア”とは?

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デイヴィッド・バーンの進化



 『アメリカン・ユートピア』を見ると、デイヴィッド・バーンというミュージシャンの進化にも驚かされる。すでに60代後半になったが、今回はブロードウェイのショーを意識してか、そのボーカルの力を発揮する。


 ヘッズ時代の代表曲、「Once in a Lifetime」は『ストップ・メイキング・センス』での狂気をたたえたパフォーマンスがあまりにも鮮烈だったので、これを超えるのは至難の業に思えた。しかし、今回は声の迫力で勝負! 体の動きにかつてのキレはないものの、会場全体に響き渡るボーカルの説得力に圧倒される。


 もともと、(いわゆる)歌がうまい、というタイプではなく、歌詞を語りかけるような歌唱が彼の個性だったが、今回はボーカリストとしての進化が堪能できる舞台になっている。そして、長年のファンとして何よりうれしかったのが、彼のとびきりの笑顔が見られたこと。


 実はバーン本人にかつて渋谷で遭遇したことがある。90年代前半に自身の写真展開催のために来日し、パルコの中で記者会見が行われた。その頃はかなりの長髪で、網状の不思議な黒のコスチュームを着ていた。会見後、パルコの階段を降りたら、なんとビル内の喫茶店の前にバーンが立ち、商品見本をじっと見ていた。近づいて声をかけ、少しだけ映画の話をしたが、ちょっとクールな印象だった(とはいえ、サインハンターの筆者としてはしっかりサインもいただいた)。


 同じ頃、渋谷公会堂で見たコンサートは本当にすばらしく、彼のパフォーマーとしてのパワーを堪能できたが、オフの時はややそっけなく、シャイな感じもあった(笑顔はあんまり見せなかった)。そして、その頃とはまるで違う柔らかさを今のバーンは獲得している。白髪がよく似合うし、かつてはなかった優しさや穏やかさが表情を通じて感じられる。


『アメリカン・ユートピア』©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED


 18年にBBCラジオの音楽番組にゲスト出演した時のトークを聴いたことがあるが、「あなたが残した1番の業績は何だと思いますか?」と進行役に聞かれて、バーンはこう答えていた――「それは私の娘です」。ちょっと意外な答えだったが、同時にほほえましい気持ちにもなった。


 ヘッズ時代から長い時間を経ることで、人間として余裕も出てきたのだろう。大きな人間力が今回の新作からは素直に感じ取れるし、最高の笑顔が見られたのが何よりもうれしかった。


 ただ、表情は柔らかくはなっても、アーティストとしてのチャレンジ精神は失っていない。18年に「アメリカン・ユートピア」のアルバムが出た時はトランプ政権の真っただ中。混迷の時代の中での“より良き世界”への思いにかられて、この作品を作ったのだろう。


 そして、20年に映画『アメリカン・ユートピア』が完成した時はコロナというパンデミックが世界を襲い、これまでとは異なる“より良き世界”を模索すべき時がやってきた(「今回のパンデミックは変わるためのいい機会になるはずだ」と取材の時は言っていた)。


 ユートピアとは幸せな共同体だろうか? 理想郷など現実には存在しないが、バーンと11人の仲間たちと時を共にすることで人間の可能性や希望は感じ取れる。“より良き世界”への手ざわりはつかめる。そんなユートピアの感触にふれたくて、何度も繰り返し見たくなる。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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5月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他全国ロードショー

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