観客の精神をすり減らす、ゴブリンのサウンド・トラック
『サスペリア』と聞いてまず思い浮かぶのは、あの不気味すぎるサウンド・トラックだろう。オルゴールが奏でる有名なメロディーに、民俗楽器のタブラが「ドゥーン」という独特のリズムを刻み、ドスの効いた「ラーラーラー」という唸り声が重なる。プログレッシブ・ロック・バンド「ゴブリン」による、渾身の作品だ。アルジェントが撮影現場でこの曲を全開で流して、俳優たちから恐怖におののく演技を引き出したという逸話があるが、マジで三日三晩うなされそうなくらい怖い。
しかもアルジェントは、この曲をとにかく映画全編に渡って使いまくる。普通ホラー映画において、テーマ曲はある種の予兆として使われることが多い。「何かが起こる」と観客を身構えさせるものだ。実際『サスペリア』でも、冒頭の空港のシーンでこの曲は予兆として使われる。荷物を抱えたスージーと、空港の自動ドアに次第に近づいていく主観ショットが切り返しで描かれるのだが、空港のドア(外界への入り口という暗喩だろう)のショットの時だけ音楽が流れるのだ。
『サスペリア』(C) VIDEA S.P.A.
だが彼女が空港から出た瞬間、アルジェントは「待ってました」とばかりに、ゴブリンのサウンドをエンドレスでかけ続ける。最初の惨劇が終わった後も、手当たり次第に曲をインサートさせて、観客の精神をすり減らしていく。筆者が考える『サスペリア』の最大の恐怖ポイントがココ。緊張状態を強いられる尺がとにかく長すぎるのだ。息継ぎをするタイミングがまるで分からず、結果的に恐怖が持続する。我々はまるで猿ぐつわをかまされたかのごとく、バレエ学校の惨劇を目の当たりにさせられるのである。
ちなみに、2019年に川崎のCLUB CITTAで『サスペリア』アンコール上映ライヴという催しが行われている。実際にゴブリンが来日し、大スクリーンをバックにサウンド・トラックを再現する生演奏を披露したそうな。生で聞いたら恐怖がピークに達してマジ失神するかも…。