© PUNK SPIRIT HOLDINGS PTY LTD, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, ASIA FILM INVESTMENT GROUP LTD AND SCREEN AUSTRALIA 2019
『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』創造的な挑発を持つ“永遠の人物”
2021.06.27
母親とイギリス人に対する屈折した思い
この映画には前2作とは異なる点が他にもある。まず、映画の支柱になっているのは、母親とネッドの屈折した関係である。
前2作にも母親が登場したが、特に印象に残る役回りではなかった。しかし、今回の母親は生きぬくためにどんなこともやってのける。父親はネッドが幼い時に亡くなるが、母親のベッドには次々に別の男たちが現われる(前述のハリー・パワーも、彼女の恋人のひとり)。生きるため、男たちに誘惑的な眼差しを向ける母親に、ネッドは翻弄される。
母親役を演じるのは、不思議な魅力を持つオーストラリア映画『ベイビーティース』(19)でも、エキセントリックな母親役を好演したエシー・デイヴィス(この2作の強烈な演技で忘れられない女優となった。今回の映画の監督の夫人でもある)。
『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』© PUNK SPIRIT HOLDINGS PTY LTD, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, ASIA FILM INVESTMENT GROUP LTD AND SCREEN AUSTRALIA 2019
また、イギリスVSアイルランドという対立構図も、今回の映画化では重要なテーマのひとつとなっている。アイルランドの流刑の民である父親の血をひくネッドは、イギリス人に複雑な思いを抱く。母親の愛人の巡査(チャーリー・ハナム)、ネッドの妹にひかれる警官(ニコラス・ホルト)、ネッドの文章に興味を持つ学校の教師、トーマス・カーナウ(ジェイコブ・コリンズ=レヴィ)。イギリス人の彼らはネッドに接近しつつも、結局は彼と対立する人物となる。そのよじれた関係がドラマの緊張感を高めていく。
前述のラッセル・クロウ扮する山賊が「イギリス人に(自分の物語を)預けたら、盗まれるぞ」とネッドに忠告する場面があるが、そんなところにもイギリス人に対する屈折した感情がにじむ(イギリス人は信用できない、という設定になっている)
成長したネッドを演じるのは『1917』のジョージ・マッケイで、撮影時27歳(ミックやヒースより少しだけ年が上)。今回は、終始、狂気を漂わせたパンク感覚のネッド像になっている。今回の人物像に関してマッケイは“The Guardian”(20年1月14日号)でこんな発言をしている。「ネッドの伝説は勝手に人々が作り上げたものだ。生きている時、彼は伝説でも何でもなかったはずだ。だから僕はたまたまネッド・ケリーと呼ばれた男を演じようと思った」
あえてロック・ミュージシャンを起用することでニューシネマ的なアウトサイダー像を狙ったミック版。売り出し中のオーストラリアの新進男優を起用することで、大衆に愛されたネッドの優しさと哀しさを見せたヒース版。過去ふたりと比べると、マッケイはカリスマ的な雰囲気に乏しいが、逆にそれが監督の狙いなのだろう(ただ、3人の共通点は純粋さを持っている点だろう)。
監督自身は「ネッド・ケリーの人生そのものと大衆が求める彼の伝説はまったく違うと思う。彼自身は実在の彼以上に大きな存在になりすぎたと思う」と語っている(前述の“The Gurdian”より)。妙に大きくなりすぎたネッドの伝説をあえて破壊し、より等身大の感覚を持つジョージ・マッケイを起用することで、新しいネッド像を創造したかったのだろう(マッケイ自身はロンドン生まれの英国人だが、父親はオーストラリア人、母方の祖母はアイルランド出身だという)。
『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』© PUNK SPIRIT HOLDINGS PTY LTD, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, ASIA FILM INVESTMENT GROUP LTD AND SCREEN AUSTRALIA 2019
ネッド率いる4人のケリー・ギャングは、女性のドレスに身を包んで銃をかまえる。こうした扮装は「マスクと同じでワケがわからない」が、だからこそ、相手を驚かす効果がある、という設定になっている。これについて監督は前述の“The Gurdian”のインタビューでこう答えている。「シドニー・ノーランが描いたケリーの絵を見ると、ギャングのメンバーのひとり、スティーヴ・ハートがドレスを着ていて、そこだけ独特の色で描かれていた。これは何だろう?、と意表をつかれたが、同時にこの時代の新しいとらえ方が見つかった気もした」そこにケリー・ギャングの挑発性を発見し、映画の中でも採用したようだ(蛇足ながら、ギャングの一員で、ネッドの弟役を演じるのはニック・ケイヴの息子、アール・ケイヴ)。
前述のように20世紀を代表するオーストラリアの画家、シドニー・ノーランは『太陽の果てに青春を』にも間接的な影響を与えていて、60年代の<怒れる若者たち>の監督、リチャードソンやライスも、彼の絵画によってネッド・ケリーを発見した。
19世紀のオーストラリアの反逆児であるネッド・ケリーが、時を超え、ノーランの絵を経由して、60年代の英国の新しいサブカルチャー(“怒れる若者たち”やザ・ローリング・ストーンズ)と結びつき、21世紀にはさらにノーランの絵に刺激されて、『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』のようなパンク的な感覚を持つ映画が作られた。
社会に違和感を抱き、その外側を突き進もうとする人間にとって、純粋な思いを抱きながら25年の短い人生をかけぬけたネッド・ケリーは、いつの時代も創造的な挑発を持つ“永遠の人物”なのだろう。
文:大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。
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