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『パリの灯は遠く』ジョゼフ・ロージー監督が投影した、歴史と記憶のかすかな連鎖

(c)Photofest / Getty Images

『パリの灯は遠く』ジョゼフ・ロージー監督が投影した、歴史と記憶のかすかな連鎖

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アラン・ドロンの持つ複雑性



 ロベール・クラインという男は、ヒーローでもなければ、哀れな犠牲者でもない。彼は本来、自分のことしか考えない卑劣で身勝手な男だ。何よりも自分を愛し、今の地位が脅かされることはないと信じて疑わない。そんな彼がなぜ「クライン氏」を追い求めるのか。最初は保身のため。やがて好奇心に火がつき、気づいたときには度を越した執着へと変わっている。


 アラン・ドロンという俳優の奇妙な魅力について聞かれたロージーは、ロベール・クラインの人物像にドロンの人間性が反映されたとは言わないまでも、ドロンが「非常に複雑な人格」を持った人物であり、その人生自体が「極めて複雑で、多くの場合は矛盾をはらんでいる」ことを指摘する。

 

『パリの灯は遠く』(c)Photofest / Getty Images


 ドロンとロージーの間には、彼が『暗殺者のメロディ』(72)でトロツキーの暗殺者を演じて以来、心地よい友情関係が築かれていた。ドロンがいかに友情に厚い人間であるかを、ロージーは次の逸話によって紹介している。あるとき、ロージーがとある事情から金銭的に困窮しているのを知ると、ドロンはすぐさま手を貸してくれたという。当時恋人だったミレーユ・ダルクに1万ポンドが詰まったヴィトンのバッグを持たせ、ロージーへ届けさせたのだ。1万ポンドには、利子も返済期限もつけなかった。


 こんなふうに、監督と主演俳優の仲はあくまで良好だった。だが撮影中のドロンは決して扱いの楽な俳優ではなかった。ある日はとても親切で謙虚なのに、別の日にはまったく人を寄せ付けない人物に変わってしまう。現場では、監督以外は誰も彼に話しかけることすら出来なくなっていく。ただし、しばしばスター俳優が起こしがちな、アルコールに溺れ問題を起こしたり、演出に無理難題をふっかけるようなことは一度もなかった。そうしたわかりやすい厄介さであればこれほど扱いに苦労はしなかっただろう、とロージーは言う。


 ドロンの放つ近寄りがたさはもっと難解で繊細なもの。背景には彼の波乱に満ちた実人生があった。華やかなスター街道を歩みながらも、私生活では醜聞が噴出し、人々を恐れ慄かせた。なかでも、かつて彼が巻き込まれたスキャンダルの影響は大きかったはず(1968年、ドロンは自分のボディガードをしていた男性を殺害した容疑で逮捕され、後に証拠不十分により不起訴になった)。


 つかみどころがなく、矛盾する二つの顔を持つ男。礼儀正しく魅力的でありながら、異様な恐ろしさを併せ持つ男。アラン・ドロンが演じなければ、二人のロベール・クラインの持つ複雑な魅力は決して生まれなかっただろう。





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