鏡のなかの自分を見つめること
もしロージーの数ある監督作のなかで共通するテーマを挙げるとするなら、次の2点がすぐに浮かぶ。1、二人の人間の力関係の変化を描くこと。2、鏡に映る姿によって人々を捉えること。
前者については、各作品のあらすじを追うだけでも十分にわかるはず。二人の男の主従関係の逆転を描いた『召使』。高級娼婦と新進作家との関係のグロテスクな変化を見せる『エヴァの匂い』。『恋』では、少年と年上の女性との間に生まれた美しい関係がいかに壊れていくかが描かれる。アラン・ドロンが出演した『暗殺者のメロディ』もまた、自分が殺されるのを待ち続ける男と、彼を殺すことに取り憑かれた男との愛憎関係の映画だ。
これらの映画では、鏡を使った演出がたびたび取り入れられる。ある人物が相手を見つめる際には鏡越しの視線が用いられ、顔が大写しになる場面ではやはり鏡が使われる。『パリの灯は遠く』も同様だ。鏡の前で化粧をするジャニーヌ(ジュリエット・ベルト)。「クライン氏」のアパートで剃刀を手に鏡と向き合うロベール。そして、レストランでロベールが呆然と見つめる鏡のなかの自分。
『パリの灯は遠く』(c)Photofest / Getty Images
ただし、鏡に映ったアラン・ドロンの顔のアップから始まる『暗殺者のメロディ』と比べれば、『パリの灯は遠く』での用いられ方はどこか抑え気味だ。時間が経つほどに、ロベール・クラインは鏡を覗く必要性を失っていく。彼の鏡像はすでに鏡のなかから抜け出し、外を歩き回っているからだ。もはや鏡を覗く必要はない。自分の顔を見るために、彼は「クライン氏」の影を追いかけ、街を彷徨い歩く。
『パリの灯は遠く』は、1976年5月、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でお披露目されるが、残念ながら無冠に終わる。ベトナム戦争が終結し新たな時代に向かっていくなかで、戦時中のホロコーストをテーマにした時代劇はどこか古臭く見えたのかもしれない(とはいえ、映画はその後セザール賞で作品賞、監督賞、美術賞を受賞する)。
このときパルム・ドールを獲得したのは、時代の空気をまざまざと刻んだ作品だったといえる。それは、鏡に向かい、延々と自分に語りかける男の物語。マーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』だった。
【参考文献】
ミシェル・シマン『追放された魂の物語 映画監督ジョセフ・ロージー』中田秀夫、志水賢訳、1996年、日本テレビ放送網株式会社
David Caute, Joseph Losey A Revenge on Life, Faber and Faber Limited, 1996.
文:月永理絵
映画ライター、編集者。雑誌『映画横丁』編集人。『朝日新聞』『メトロポリターナ』『週刊文春』『i-D JAPAN』等で映画評やコラム、取材記事を執筆。〈映画酒場編集室〉名義で書籍、映画パンフレットの編集も手がける。WEB番組「活弁シネマ倶楽部」でMCを担当中。 eigasakaba.net
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