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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオン、そして2020年代ならではの新たな西部劇

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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオン、そして2020年代ならではの新たな西部劇

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ベネディクト・カンバーバッチや共演者たちの好演



 それにしても、西部のカウボーイ役をいかにも英国的な男優、ベネディクト・カンバーバッチに演じさせるとは、大胆なキャスティングだ。今回の小説の映画化の企画は、昔から出ていて、かつてはポール・ニューマンやジェラール・ドパルデューがフィル役を切望していたという。


 カンピオンはカンバーバッチの演技力を以前から評価していて、今回のフィル役に抜擢した。カンバーバッチ自身は前述の“The Guardian”の記事の中で、「ジェーン(・カンピオン)は本当に寛大な人だった。今回の役柄をつかめるようにあらゆることを考えてくれた。それまでの僕自身の経験とは、まるでかけ離れていたからね」と語っている。


 映画の中で、フィルは家の風呂には絶対に入らないという設定になっているが、カンバーバッチ自身も1週間体を洗わず、劇中でフィルが着ている服を身に着けていたという。また、西部的なアメリカン・アクセントも習得した。さらにモンタナに行き、本物のカウボーイの父子について修業をし、馬乗り、ロープ作り、ナイフでの木の削り方、牛の去勢の仕方、さらにバンジョーのひき方まで学んだという。


「ジェーンは僕にたっぷり時間をくれたが、それは俳優にとって、すごく贅沢な時間に思えた」とカンバーバッチは役作りについて振り返っている。監督とはホモエロティシズムのことも含め、多くの議論を重ねた上で役作りに挑んだという。



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 カンバーバッチは、その顔つきのせいか、ちょっと傲慢な部分がある役がうまく、マーベル・コミックの映画化「ドクター・ストレンジ」(16)でも、彼のそんな側面が生かされていた。また、シェイクスピア戯曲の悪役、リチャード三世をテレビ・ドラマ『ホロウクラウン/嘆きの王冠』(シーズン2)(16)で演じて、ゴーマニズムを極めていた。その傲慢さの中に繊細さや孤独を見せることができるのが、彼の強みでもある。今回の映画に通じるゲイ的な役は初のオスカー候補となった『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(14)でもすでに演じていた。これまでの役の要素も入れつつ、そこにアメリカのカウボーイを演じるというチャレンジも加わり、圧倒的な演技を見せる。


 映画の中にすごく印象的なアングルが登場する。冒頭、牧場の屋敷の窓ごしにカンバーバッチ演じるフィルがとらえられるが、カウボーイの格好をした彼は自信にあふれ、牧場のドンとして君臨している。ところが、終盤、同じように窓越しにとらえられたショットの中のフィルは同じ人物とは思えないほど弱り切っている。初めてカウボーイのシャツやジーンズを脱ぎ、地味なスーツを着た彼は、どこか哀れな男でしかなく、ピーターのために編んだロープを手に持ち、狼狽した様子を見せている。前半の傲慢な彼とは180度異なる悲哀に満ちた顔。しかし、そんな部分も演じられるからこそ、監督は彼を起用したのだろう。


 彼の弟ジョージはジェシー・プレモンズ、妻のローズはキルスティン・ダンスト(ふたりは実生活でも夫婦)。フィルの毒牙にかかり、感情のバランスを崩していくローズは、ダンストにとって久しぶりにハマリ役。フィルとのバトルに敗れた彼女は、会食で“オレンジ・ブラッサム”というカクテルを飲み、それが引き金になって酒を常用するようになる(このカクテルは、1920年代に女性でも飲める酒として知られていたようだ)。再婚した未亡人の複雑な葛藤を表現することで、子役出身のダンストも大人の女優としての気迫を見せる。


 そして、1番のサプライズ的な演技者は、ローズの息子ピーターを演じるコディ・スミットー=マクフィーだろう。最初は線が細い青年に見えるが、後半、どんどん存在感を増していき、最後はカンバーバッチと互角にぶつかり合う


 スミットー=マクフィーは子役上がりのオーストラリア出身の男優で、ヴィゴ・モーテンセンの幼い息子に扮した『ザ・ロード』(09)やヴァンパイアの少女と心を通わす孤独な少年役の 『モールス』(10)では子役として達者な演技を見せていた。かなり成長した後、西部劇『スロウ・ウエスト』(15)にも出演していて、ここではマイケル・ファスベンダー扮する賞金稼ぎの男と馬に乗って過酷な旅に出る少年役だった。世の中を知った大人の男であるファスベンダーと未熟な少年との関係は、今回の映画のフィルとピーターの関係をも思わせる。


 色白で、ひ弱な雰囲気だが、目が鋭く、実は強さを秘めている。そんな役を得意とする俳優で、血の気がなく、時に死神のような表情も見せるピーターは、間違いなく彼のハマリ役として記憶されるだろう。ピーターはストレスを感じると、クシを指先ではじき、奇妙な音を立てる。また、優しい手つきで野うさぎを撫でながら、息の根を止める。そんな彼は、後半、大胆な計画を企てる。


 この俳優に会った時、カンピオンは「原作以上のピーターを発見した」と思って興奮したという。彼女ははどこか異物感のあるキャラクターを描くのがうまいが、今回の映画で1番、異物感があるのは、実はピーター役。だからこそ、後半は彼が特に印象的に残るのかもしれない。


 また、脇役ながらも、『ナッシュビル』(75)、『チューズ・ミー』(84)の個性派男優、キース・キャラダイン(知事役)、『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』(21)で注目のトーマシン・マッケンジー(メイド役)も顔を見せていて、力のある俳優たちが揃っている。





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