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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオン、そして2020年代ならではの新たな西部劇

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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオン、そして2020年代ならではの新たな西部劇

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ジョニー・グリーンウッドの最高のサウンドドラック



 カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』で話題を呼んだのは、マイケル・ナイマンが書き下ろした音楽だった。主人公は言葉を話さず、そのかわりピアノを通じてコミュニケーションをとる、という設定だったので、ピアノという楽器に大きな意味があった。


 この映画を撮った直後にナイマンに取材したことがある。ピアノの楽譜を持参してインタビューを始めたら、「ホリー・ハンターのためにあえて弾きやすい曲を書いた」と言いながら、弾き方のコツを(大先生として?)少しだけ教えてくれた。キャッチ―ながらも、アマチュアでも弾きやすい曲。そんな音楽だからこそ、多くの人の支持を得たのだろう。


 この映画同様、今回の映画でも音楽が大きな役割を果たしている。今回はレディオヘッドのメンバー、ジョニー・グリーンウッドが音楽を担当しているが、これは納得のセレクション。グリーンウッドの『ファントム・スレッド』(17、ポール・トーマス=アンダーソン監督)の音作りは、実はマイケル・ナイマンに似ていたからだ。ナイマンも、グリーンウッドも、英国出身で、先鋭的な音作りをする。



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 グリーンウッドの出世作は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07、ポール・トーマス=アンダーソン監督)だったが、この作品は西部で油田を掘り当てるタフな男の物語。自分しか信じないダニエル・デイ=ルイス扮する主人公は、どこか『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のカンバーバッチに通じるところがある。また、同じダニエルが主演の『ファントム・スレッド』は、まさに人間の“性的な力学”をテーマにしていて、この点は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』に通じるものがある(となると、ダニエル・デイ・ルイスがフィルを演じることもできたのだろうか?)


 こうした音を通じた連想ゲームを経ると、グリーンウッドのところに音楽の依頼がいったのは必然に思える。“Variety”(2021年11月17日号)に掲載されたグリーンウッドのインタビューによれば、西部劇ではあるが、あえてカウボーイを思わせる楽器、バンジョーの使用は控えたという。「バンジョーを使うと、どこかダークで、不吉な響きになる。それにフィル自身が映画の中で使うので、曲には組み込まなかった」


 そのかわり、グリーンウッド自身がチェロを弾いている。弦の音が主人公フィルの屈折した内面をうまく表現していて、冒頭から、どこか不穏な雰囲気をたたえた音楽にひきこまれる。弦楽器だけではなく、劇中にはピアノも登場する。カンピオン監督は『ピアノ・レッスン』はもちろんのこと、『ある貴婦人の肖像』でもピアノを印象に登場させていた。物語のカギを握る未亡人(バーバラ・ハーシー)が、シューベルトの『即興曲』を弾く場面が印象に残るが、今回もピアノが効果的に使われる。


 キルスティン・ダンスト扮するローズは、映画館でピアノを弾いていたという経歴の持ち主で、劇中でヨハン・シュトラウスの「ラデツキー行進曲」を練習する場面がある(劇中のたどたどしいピアノはダンスト自身が弾いている)。この曲をフィルもバンジョーで弾き、口笛でもメロディを吹いてみせる。やがて、ローズ(ピアノ)VSフィル(バンジョー)のバトルが展開。楽器が効果的に使われた作品にもなっている。


 カンピオン自身は音楽に対する持論を持っていて、「彼女のエネルギーが今回の音楽を生み出す大きな力となった」とグリーンウッドは語っている。それぞれの人物たちの複雑な心の動きが弦楽器やピアノに反映されることで、映画の支柱となるパワフルな音楽が完成。2021年、最もインパクトのあるサウンドトラックのひとつとなっている。



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文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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