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『ガス燈』「ガスライティング」の語源となったサスペンス映画が、名作となった理由

(c)Photofest / Getty Images

『ガス燈』「ガスライティング」の語源となったサスペンス映画が、名作となった理由

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俳優の持つ身体的特徴を逆転させる



 監督のジョージ・キューカーは、夫の餌食となるポーラ役をイングリッド・バーグマンが演じたことについて、次のように述べている。「おもしろいのは、彼女は通常臆病なところがなかったということ、いたって健全快活な女性だった。そういう俳優にものに怯えてびくびくしている女性を演じさせるのは興味深くもあり、それ自体ドラマのようなおもしろさがあった」(「ジョージ・キューカー、映画を語る」)。


 その言葉通り、イングリッド・バーグマンの健康的なイメージは、ポーラが追い詰められていくことの恐怖をより際立たせることになった。虐待は、被害者が弱く頼りないから起きるのではない。どんなに強い女性だろうと、卑劣な加害者の罠に嵌れば抜け出せなくなるのが、虐待というものだ。フランス出身で、優雅な身のこなしや口調を持つボワイエもまた、一見優しく品のある男が実はDV加害者であるという恐ろしい二面性を見事に体現する。



『ガス燈』(c)Photofest / Getty Images


 バーグマンの自伝「マイ・ストーリー」によれば、二人の俳優の身体的特徴について、面白いエピソードが書かれている。当時のハリウッドでは、恋人同士のうち男性が女性より背が高いのが当然とされていたが、バーグマンの身長はボワイエより明らかに高かった。そこでバーグマンは小さな木箱に乗ったボワイエを相手にキスシーンを演じなければならず、その滑稽な様子に二人とも笑いをこらえるのに必死だったという。


 高低差という点では、室内での夫婦の会話シーンの構図も興味深い。二人が暮らす家のなかでは、バーグマン演じるポーラの方がたびたび上の位置を確保することだ。ポーラが階段を登れば、グレゴリーはその下から声をかける。グレゴリーがピアノの椅子に腰掛ければ、その横に立つポーラは彼を見下ろして話をする。位置関係では上位を保っているにもかかわらず、妻はつねに夫の支配下に置かれている。その逆転の構図が不吉さを強調する。そして俳優たちの身長差を活用した演出は、ラストシーンで見事に生きてくる。椅子に縛り付けられた夫の前で、堂々と仁王立ちになったポーラは上から罵声を浴びせかける。彼女はようやく、自分の立ち位置に見合った力を取り戻したのだ。



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