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『ベルファスト』自伝をフィクションとして再構築した、ケネス・ブラナーのパーソナルな作品

Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

『ベルファスト』自伝をフィクションとして再構築した、ケネス・ブラナーのパーソナルな作品

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少年が見た世界~現実と映画の世界のコントラスト



 今回の映画を作るきっかけになったのは、コロナ禍でのロックダウンだったという。ウェブマガジン、Hot Press(22年2月9日号)に掲載されたインタビューにはブラナーのこんなコメントが掲載されている。「もともと、映画を見に行くのが大好きだったが、コロナによって映画館が存在の危機にさらされるようになった。映画館が生き残るため、映画祭や賞、批評家などの存在もこれまで以上に重要な意味を持つようになった」


 そんな映画館の意味を考えつつ、これまでの人生を振り返ることになったというブラナー。「もう自分も60歳に近づいている。もし、運よくこれからも生きられれば、これから最後の30年間が始まる。この物語を語るのにちょうどいい時期に思えた」


 コロナによって、これまでのさまざまな価値観が変わりつつあるが、そんな時代だからこそ、自身の原点であるアイルランドでの生活を描くことに意味があったようだ。「今回の映画は私の“帰郷”となった」とブラナー。もし、この映画を社会派の監督が作ったら、もっとリアルな内容になったのだろうが、ブラナーは過酷な現実と映画の世界を対比して描く。リアリズムではなく、あくまでも少年の視点ですべてが語られる。


 主人公バディは映画が大好きで、映画の話をする時、いつも目がキラキラと輝く。家族と一緒にラクウェル・ウェルチ主演のSF『恐竜100万年』(66)やミュージカル『チキ・チキ・バン・バン』(68)を映画館に見に行く場面が出てくるが、本編はモノクロなのに映画だけはカラーなので、虚構の世界の楽しさが色彩によって伝わる。また、テレビで「スタートレック」のテレビ版やハリウッド西部劇を見ている場面も出てくる。ゲイリー・クーパーがオスカーを受賞したフレッド・ジンネマンの監督作『真昼の決闘』(52)やジョン・ウェインとジョン・フォード監督の最後のコンビ作『リバティ・バランスを射った男』(62)などが引用されるが、前者のテーマ曲(ディミトリ・ティオムキンのオスカー授賞曲)はプロテスタントの過激な活動家、ビリー・クラントンとパがストリートで対決する場面にも流れる。



『ベルファスト』Ⓒ2021 Focus Features, LLC.


 ブラナーは西部劇を意識して、こうした場面も撮影したそうで、パ役のジェイミー・ドーナンはまるでハリウッドの昔の二枚目スターのような雰囲気で撮られていく。『真昼の決闘』は愛する女性(グレース・ケリー)と結婚して、保安官を退職した正義感の強い主人公(ゲイリー・クーパー)が、かつて刑務所に送った極悪人やその仲間を相手にたったひとりで戦いを挑む姿を描いた異色の西部劇で、人間の深層心理が見える彫りの深いドラマだった。 


 『ベルファスト』では家族を守るため、暴力ではない方法で自身の決断を下す父の姿が描かれるが、少年の目にはそれがハリウッドの西部劇の主人公と重なって見えたのだろう(パとマの厳しいやりとりがこの作品のクーパーとケリーの言い争う場面と対比されながら登場するシーンもある)。また、暴力を行使しようとする活動家の名前、ビリー・クラントンは『OK牧場の決斗』(57)などに登場する悪党(デニス・ホッパー)の名前から来ている。こうした昔の映画との対比によって、少年が見た現実と虚構の対比が鮮やかに浮かび上がってくる。


 引用といえば、バディが「マイティ・ソー」の原作コミックを読む場面やアガサ・クリスティの小説「ハロウィーン・パーティ」が家族へのクリスマス・プレゼントとして置かれた場面もあり、このあたりは自身の監督作への楽屋落ちとなっている。




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