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『ベルファスト』自伝をフィクションとして再構築した、ケネス・ブラナーのパーソナルな作品

Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

『ベルファスト』自伝をフィクションとして再構築した、ケネス・ブラナーのパーソナルな作品

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ヴァン・モリソンやラヴ・アフェアーの音楽



 『ベルファスト』は音楽も特に印象的な使われ方をする。全体の音楽を担当しているのは、ベルファスト出身の重鎮、シンガー・ソングライターのヴァン・モリソンである。「彼には気むずかしいというイメージがあったが、実はとても協力的で、そんな噂は嘘だったと分かった」とブラナーは前述の“Hot Press”のインタビューで答えている。


 モリソンは伝説のバンド、ゼムを経て、60年代からソロ活動を始めたミュージシャンで、R&Bやジャズなどの影響も色濃く、ソウルフルで渋い歌声が特徴。ザ・バンドの解散コンサートを描いた傑作『ラスト・ワルツ』(78)の後半では、「キャラヴァン」をパワフルに歌い上げた。そのザ・バンドの軌跡を追った興味深いドキュメンタリー『ザ・バンド かつて僕たちは兄弟だった』(19)にもゲスト・コメンテイターとして顔を見せていた。かつては孤高のシンガーというイメージもあったが、70歳を過ぎた現在も、精力的な活動を続けていて、その歌のパワーが衰えない。特に2010年代の後半は年2枚のペースでアルバムを制作。また、コンサート活動ができなくなったコロナ禍の2021年には2枚組のアルバム「レイテスト・レコード・プロジェクト Vol.1」も発表。最近の音を聴くと、本当に生きることや歌うことの喜びが伝わる。



『ベルファスト』Ⓒ2021 Focus Features, LLC.


 そんなモリソンが『ベルファスト』全体の音楽を担当。新旧の曲が登場するが、冒頭に流れるオリジナル・テーマ曲のタイトルは「ダウン・トゥ・ジョイ」。まさに今のモリソンの元気を伝えるポジティブな曲となり、アカデミー賞の主題歌賞候補にもなった。


 それぞれの曲目と発表年をざっと振り返ると、バディの両親がストリートでフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースをきどって踊る場面では「カレドニア・スウィング」(16)、主人公の少年が初恋の少女を見守る場面では「ブライト・サイド・オブ・ザ・ロード」(79)、両親や祖父母など、それぞれの愛が描写される時は「ウォーム・ラヴ」(73)少年が学校でいい点数をとって喜ぶ時は「ジャッキー・ウィルソン・セッド」(72)、屋外で一家が遊ぶのどかな場面では「デイズ・ライク・ディス」(95年、引っ越しについて夫婦の惑いを描いた後の場面では「ストランデッド」(05)、両親の子育てをめぐる会話の後に流れるのが「キャリクファーガス」(88)、エンディングには「アンド・ザ・ヒーリング・ハズ・ビガン」(79)。どの場面も歌詞の内容も考慮した使い方になっている。


 モリソン以外の曲も使われているが、そんな中でも特に印象的なのが、クライマックスで使われる英国のバンド、ラブ・アフェアーの「エヴァー・ラスティング・ラヴ」。68年にリリースされた曲で、全英ナンバーワンも記録。パ役のジェイミー・ドーナンがクラブのステージで歌う。劇中ラブ・アフェアーの歌声にドーナンの声を重ねたものが使われるが、ドーナンの昔のシンガー風の振りがすごくサマになっていて、特に忘れがたい名場面となっている。


ラブ・アフェアー「エヴァー・ラスティング・ラヴ


 ブラナーの音楽センスが発揮されているが、振り返ってみると、以前から選曲センスは悪くなかった。友人たちの再会を描いた『ピーターズ・フレンズ』(91)ではティアーズ・フォー・フィアーズの「ルール・ザ・ワールド」が時の流れの残酷さをうまく伝えていたし、『世にも憂鬱なハムレットたち』(95)では劇作家ノエル・カワードの「ホワイ・マスト・ザ・ショー・ゴーオン」が繰り返し使われることで舞台役者の大変さが伝わってきた。


 また、『ナイル殺人事件』(22)はナイトクラブのショーの場面がすごくエキサイティング! 原作や前回の映画化では作家だったサロメ・オッタボーン役がブルース・シンガーの設定に変えられ、この役のソフィー・オコネドーがエレキギターを激しくかき鳴らしながらワイルドな舞台を披露。歌は吹替で、実際に使われていたのは、ロックンロールの誕生にも貢献した先駆的な女性シンガー、シスター・ロゼッタ・サープの歌声である。後半ではザ・ステイプル・シンガーズの曲も使われ、ブルースやソウル系音楽へのブラナーの興味がうかがえた。


 そんな流れで考えると、こうした音楽の系譜上にいるヴァン・モリソンの今回の起用も納得できる。モリソンの曲はこれまで他の映画でも使われてきたが、アイルランドの歴史を背景にした作品で使われることで、それぞれの曲がリアルなライブ感を獲得している。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。




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作品情報を見る



『ベルファスト』

3月25日(金)TOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイント他にて全国ロードショー

配給:パルコ ユニバーサル映画

Ⓒ2021 Focus Features, LLC.

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