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『1984』すでに空想の産物ではなくなってしまった全体主義への予見と警鐘

(c)Photofest / Getty Images

『1984』すでに空想の産物ではなくなってしまった全体主義への予見と警鐘

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ソ連やナチスからの色濃い影響



 ラドフォードの『1984』は原作に忠実すぎるほど忠実である。1948年のオーウェルが見たかもしれない未来像を明確に描き出している。銀幕に広がるのは、カラフルな光の点滅やハイテク製造業で構成された空想科学の未来ではなく、憂鬱さ、辛さ、苦しさである。ラドフォードは、この不条理な未来世界を安易なセンセーショナリズムで楽しませることなく、一貫して全体主義体制下の厳しい環境として描いている。その根底にあるのは、やはり全体主義的な思想への警鐘であろう。


 この映画では、原作では描写されることのなかったオセアニア国家特有の敬礼が追加されている。腕を上げ、手首を小さくV字に交差させるもので、『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』(82)にも同様のしぐさが見られる。これはナチス式敬礼を容易に思い起こすものであり、全体主義国家としての強烈な印象を刻み込むシーンである。



『1984』(c)Photofest / Getty Images


 また、作中に登場するゴールドスタインの禁書は、ソ連のスターリン主義を批判的に分析した書籍「裏切られた革命」(レフ・トロツキーが1936年に出版)に酷似していると言われているし、オセアニア国軍の兵士がソ連赤軍のヘルメット(を黒く塗ったもの)をかぶっている点からも、オセアニアという国は、ほとんどソ連がモデルであると言っても過言ではないはずだ。


 さらに作中の思想警察は、ソ連の秘密警察N.K.V.D(内務人民委員部)をモデルにしていると言われている。『1984』の思想警察は、反体制的な思想を抱いた者を、双方向テレビ(作中ではテレスクリーンと呼ばれる)で日常的に監視し、必要であれば逮捕するという組織であり、そのような思想による犯罪者は“思想犯”と呼ばれた。1934年から1946年まで活動していたソ連のN.K.V.Dも、反ソ思想の人々を無差別に逮捕していたからだ。また、思想警察のモチーフは、非国民という思想で人々を逮捕していた日本の戦時中の秘密警察、特高からの引用であるとも言われている。


 このように、オーウェルの小説とそれに準ずる映画『1984』は、オーウェルが予見していた恐怖の未来世界というわけではなく、全体主義によって混沌を極めた戦後社会の転写であると言える。しかし、『1984』は今日、空想の産物ではなくなった。ビッグ・ブラザーは健在で、今では世界の様々な国に潜んでいるのだ。



文:Hayato Otsuki

1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。



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