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『ニューヨーク・ニューヨーク』スコセッシのキャリアを潰しかけた壮大な問題作

(c)Photofest / Getty Images

『ニューヨーク・ニューヨーク』スコセッシのキャリアを潰しかけた壮大な問題作

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スコセッシが憧れたハリウッド黄金期



 1976年5月。33歳のマーティン・スコセッシは、偉大なキャリアの最初のピークに立っていた。今も伝説として語り継がれる『タクシー・ドライバー』(76)が、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールに輝いたのだ。


 主演のロバート・デ・ニーロも『ゴッドファーザーPARTⅡ』(74)でアカデミー助演男優賞を受賞し、ハリウッド再注目の俳優に躍り出ていた。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった2人は、すでに3度目のコラボとなる新プロジェクトに取りかかっていた。1940~50年代のビッグバンドジャズの盛衰を背景にした『ニューヨーク・ニューヨーク』(77)である。そしてこの映画によって、スコセッシは地獄のどん底に突き落とされる大コケを経験することになる。


『ニューヨーク・ニューヨーク』予告


 最初のきっかけは、スコセッシが「ハリウッド・リポーター」誌で目にした記事だった。プロデューサーのアーウィン・ウィンクラーがビッグバンドジャズの時代を描く『ニューヨーク・ニューヨーク』という脚本を購入した、という内容で、スコセッシはエージェントを通じて「興味があるから脚本を読みたい」とアプローチする。スコセッシといえばロック通のイメージが強いが、1942年生まれの彼にとってビッグバンドジャズは最初の音楽体験であり、また豪奢な映像と音楽に夢中になった1940~50年代のミュージカル映画を再現するチャンスだと考えたのだ。


 MGMやワーナーなどの大手スタジオが贅を尽くしたミュージカル大作を量産した時代はとっくに終わっていた。スターを擁する映画スタジオが夢の世界を作り上げ、観客に現実逃避を提供するというハリウッド黄金期のコンセプトも時代遅れになっており、リアルな現実を荒々しく突きつける若い世代の映画作家たちが台頭していた。スコセッシもその流れの中で評価を得てきた一人だった。


 筋金入りの映画マニアであるスコセッシが抱いた野心は、もはや絶滅したも同然だった黄金期のミュージカル映画を復活させ、自分たちが開拓してきた現実主義的なアプローチを取り入れることだった。かつて憧れた夢の世界を再訪し、新たな息吹を与えることで新しいものとして蘇らせる。映画史的には、父殺しを成し遂げた息子が、死体を墓から掘り返して蘇生させる試みだったのかも知れない。





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